10 剥離
 
 

「…………」

 乳首からの激痛、ちぎれるのではと言う強烈な不安に引きずり出され続けた言葉だったが一転、再び真理子は黙り込んだ。

「あと1人は?」
「…………」

 優しい口調で前田が訊く。しかし、真理子は答えない。目を合わせさせないように顔を背け、口をきゅっと引き締めた。

「あと1人は?」

 ぴん、前田がクリップを指で弾いた。びくっ、と真理子は肩を一瞬震わせたが、口は開かない。両目も閉じて言うつもりのない事を、言いたくても言わない事を前田に無言のうちに知らせた。

「……あと1人」

 そんな真理子を見た前田はクリップを摘むと、また引っ張った。


「いいっ! んっくっ!」


 ゴムのように乳首が伸びる。
 真理子は目をかっと開いたが下唇を噛んで口は開かせなかった。

「あと1人は?」
「くうっ……んんんん!」

 前田は乳首を目いっぱい引っ張ると軽く捻った。
 真理子の乳首は悲鳴のような激痛を彼女の中に走らせ、理性を麻痺させるに足りるほどの感覚を脳の髄から流出させた。それを辛うじて下唇を噛んで耐えていた。
 
「強情だなあ」

 デキの悪い子を見る父親のように少々困った、軽い笑みを前田は浮かべてクリップから手を離した。

「んくはっ……はあはあ……」

 ぷるん、とクリップが揺れ、真理子の口が少しだけ隙間を開けた。
 その瞬間、つっ、と涙が目尻からまた一筋落ちた。

「そんなに言いたくないのかな? もう過ぎ去った事でしょう」
「……あなた達みたいな獣には……わかんないのよ……こんな……こんな……」

 ちらっ、と真理子は優華を見た。

「…………」

 優華は真理子を呆然としながら見ている。
 表情はない。
 目の前の事が信じられない、真理子の行っている事を信じたくない、でも本当の事。
 様々な考えや思いが錯綜し、処理しくれていないように見えた。

「わかんない、か」

 ふふっと前田が小さく笑った。そして、きっ、と真理子の横顔を見た。

「だから訊いているんだけどね」

 そう言うとポケットから新しいクリップを取り出し、その口を開かせた。

「ひっ!」
「でも教えてくれないから仕方なく俺達も獣になっているんだよねえ」

 カチカチカチと口を開いたり閉じたりさせながらゆっくりとまだ何も下がっていない右の乳首へと近づけさせる。

「や、やめなさい……こ、これ以上……」
「じゃ、言います?」
「それ……は……」

 涙で揺れる瞳をクリップに向ける真理子。その口は一瞬緩みかけたがすぐにもごもご。言葉が失われ、自然と閉じていった。
 健気すら思えてくるその黙秘を貫こうと言う態度。
 前田はふふっと薄く笑うとクリップの口の中に乳首を入れた、そしてぱっと指を離した。

「痛い! 痛い! 外してっ! 痛いからあっ!」

「あと1人は?」


 それさえ言えば外してあげますよ、そんなメッセージを載せた優しい調子で訊く。

「いっ……んくっ……」

 眉間に皺を寄せ、きゅっと下唇を噛んで再び口を閉じた。
 前田は笑みを見せたまま、両方のクリップを手にした。

「あと1人は……どんな人かな?」

 そして笑顔のまま、両方とも一斉に、目いっぱい引っ張った。

「んんんんんん! くうんんん!」


 真理子は口を締め切ったまま悲鳴を上げた。
 そんな悲鳴を聞きながら前田はガス栓でも捻るように両方の乳首を捻り始めた。

「んくはああっ! やめてっ! 痛い! 痛いいいいい!」

 真理子の口が開き、首を激しく拒絶するように激しく左右に振りながら悲鳴交じりの声が上げた。
 その目から流れる涙は飛び散り肌蹴た胸や制服の袖に落ちた。
 悲痛な叫びを上げる真理子を
前田はにたっと楽しい物を見つけたかのように笑いながら見た。

「あと1人はどんなのかな?」

 さらに乳首を捻る。真理子の両胸からは今まで味わったことのない痛みが走り、真理子の頭の中をかき回した。

「きゃああああああああっ! 千切れる! 千切れる! 千切れるうううう! ダメ! やめてえええ!」


 真理子は火が点いたように悲鳴を上げ、ブーツの踵を床にぶつけるように地団駄を踏んだ。

 前田は笑みのままでそんな真理子を楽しそうに見つめていた。

「本当に千切れるかも……見てみたいかなあ、乳首がちぎれる所……かたっぽだけでも別に大丈夫でしょ」

 軽くはしゃいだような口調。
 怒鳴りつけて脅されるよりもその口調にぞっとする物がある。

「嫌だあっ! 千切らないで! やめてえええ!」
「あと1人は?」
「それ……」

 真理子の口から言葉が途切れかけた、その瞬間。

「ひやああああ!」

 突然、甲高い悲鳴が上がった。
 真理子が悲鳴の方に視線を向けると、

「前田さん! 優華ちゃんも一緒にどうっすか!」

 松永が優華の制服のボタンを外し、ブラに包まれた乳房を露にさせていた。
 さっきまで感情を失っていた優華の表情に恐怖と怯えの感情が噴出し、その愛らしい眼から涙が零れた。
 松永の声に前田はさらににかあっと笑った。

「いいな。ちょっと待て、今クリップを」
「ま、待ってええっ!」

 前田の言葉をかき消そうとするように真理子が金切り声を上げた。

「いいい、言う! 言うから! 優華には……やめてええ!」


 その言葉を聞いた瞬間、前田は手をクリップから離した。


「かはっ! はあはあ……」


 がくっと頭を垂れ、激しく口から荒い息を繰り返す。制帽がずるっと前にずれたが気にするだけの余裕はない。
 前田は真理子の制帽をそっと、直すと笑顔を彼女に向けた。

「じゃ、あと1人は?」

 大きく肩で息をする真理子に前田が優しく問い掛けた。

 真理子は精魂尽きたように頭を垂れながらちらりと優華を見た。


「せ……んぱい……」

 優華は涙をぽろぽろとこぼしながら真理子を見つめていた。
 真理子は自分自身も、優華の安全も全てが限界に達していた事をその眼差しから感じ取った。
 そして、軽く息を整えると頭を垂れたままで言葉を紡ぎ出し始めた。

「……しょ……初任地の…………交番長…………」


 吐かれる息の中、ぽつりと言った言葉に前田のそばで見ている吉田がニヤッと笑った。


「大きい声で言えよ! また捻られたいのか!」

「! 初任地の交番長よ!」


 部屋中に響くような声に前田はうんと頷くとクリップに手をかけた。


「どこの交番?」

「も、盛長駅前交番!」

「へー、で、その人とはどこで?」


 そう言って前田はまた強くクリップを軽く指で弾いた。


「ひっ! 
こ、交番の仮眠室!」

「制服で?」

「そ、そうよ!」


 真理子がそう言うと前田はぱっと手をクリップから離し、笑いながら俯く真理子の顔をのぞきこんだ。


「その交番長、羨ましいなあ。なあ、吉田」

「ええ。あ、制服を着て野外プレイって言うのはしたことあるのか?」


 吉田はそう訊くとまた手をクリップに伸ばそうとした。その瞬間、真理子は怯えたようにびくっと肩を震わせた。


「いやあっ! ある!」

「どこで!」


 強く訊きながら吉田の手がクリップにかかる。


「パ、パトカーの中! 中央署の地下駐車場で!」


 真理子の言葉に吉田はもちろん他の男達は大きく笑った。


「おまえ達ってあそこでそんな事してたのか!」

「呆れた婦警さんだ……」


 前田はふふっと笑うと俯く真理子の頭をぐっと制帽の上から握り、顔を上に向かせた。
 真理子の顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れ、目元には薄く施されたファンデーションが剥がれて筋となっていた。


「その人は妻持ち?」

「……そう……」


 覚悟を決めたのか、諦めたのか、優華を思ってか、痛い目に合わせていないのに真理子の口から言葉が漏れた。
 前田は満足げに頷くと彼女の頬にある涙の流れを指で拭って立ち切った。


「どれくらい続いた?」

「……半年……」

「やっぱり外で?」

「……私を理解してくれたから……」


 何を言わんとしているのかはわかる。前田は真理子の顔を愛しそうに見つめてふっと笑った。


「本当、とんでもない婦警さんですねえ……ほら、久保寺巡査も呆れてる」


 そう言って肩越しに優華を見ると真理子もはっとして優華をもう一度見た。
 
「う……そ……」

 優華は首を小さく左右に振り、とめどなく涙を流しながら真理子を眺めていた。

「あ……ああ……」


 そんな優華に真理子もショックを受けて弱々しく言葉を漏らした。
 ずっと先輩として優華に接し、優華も真理子を尊敬する先輩としてついてきていた。
 それなのに、本当の真理子をさらけ出されて尊敬も信頼も裏切ってしまった。 

 優華に傷を付けたくない、その一心だったが逆に傷を与えてしまった。
 真理子はそう思い、愕然と絶望を味わっていた。

「ま、優しくて立派な婦警さんも人間って事なんでしょうかね」

 真理子と優華の定まらない視線が2人の間で交錯する。前田はそんな微妙な空気にふっと一つ息を吐くとそっと真理子の顔に自分の顔を近付けた。


「先輩から後輩、同僚と色んな男とヤッてきたんですね……で、そんな男達を満足させた婦警さんの得意なセックスのテクは?」

「! そんな事まで……」

「嫌ならまたそれ、引っ張りましょうか?」

「言う! 言うからやめて」


 すっかり乳首の痛みに真理子は怯えていた。
 前田は1つ頷くとそっと彼女の制帽を撫でた。真理子は一瞬、俯くと顔を高潮させたままで前田を見た。


「フェ……」

「大きな声で」

「……フェラチオ!」


 肌蹴ているとは言え、制服を着た婦人警官の口からついたその言葉に前田は満足げに頷き、彼女の口をじっと見た。
 そして不意に自分の顔を寄せ、これまで何度も男のモノをくわえて来たその口に自分の口を重ね合わせた。


「ん……!」


 不意の行動に真理子は戸惑った表情を見せた。
 前田は重ね合わせた真理子の唇を何か測るように下で舐め回し、一通り味わうとそっと口から離れてふっと彼女に微笑みかけた。


「今の内にその唇を味わいたかったもんで……じゃあ、最後の質問。最後に男とヤッたのは?」

「……その人と……4年前に……」

「今までヤリ過ぎてたから丁度いい休みかも」


 ふふっと前田が悪戯っぽく笑うと再び両方のクリップを手にした。


「こう言ういけない婦警さんを後輩は見習っちゃいけませんねえ。だから、どうなるか彼女に見せないと」

「い、な、何をするのよ!」


 真理子の目がカッと開き、自分の胸元を見た。
 前田は真理子の見る前でクリップを摘むと何の躊躇も無くそれを引っ張った。


「いやあああっ! 痛い! 痛いいい!」

「お仕置きです」


 そう言いながら前田は吉田に目配せを送った。
 吉田はデジカメを取り出し、痛みに泣き叫ぶ真理子へレンズを向けた。


「約束が! 約束が違う!」

「言う事訊けばクリップを挟まないって約束なんかした覚えはない。じゃ、いい顔して」

「いやあっ! 外して! お願いだからああっ!」


 デジカメの機械的な眼差し、男達の粘着質な眼差し、そして優華の何かが崩れたような眼差し。

 色々な眼差しが野外プレイ好きの婦警、真理子に集まっていた。真理子はその眼差しにただ悲鳴を上げるしかなかった。


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