第2章 発端



 市街地に迫る数百メートル程度の山、硫黄山。市街から山の向こうへ通じる舗装された山道が走ってはいるが、そこを走る車はほとんどない。そんな山の頂上付近に一台のワゴン車と一台のバイクが止まった。

 バイクから若い男が二人降り、工事用のヘルメットを脱ぎ捨てるとワゴン車に駆け寄る。


「へへっ、ちゃんとついてきたな」


 車の運転席からにやついた顔の松永が降り、運転席に駆け寄った男二人を見た。


「な、なあ本当なのか?」


 髪を短く刈りこみ、筋肉質の堂々たる体をした男が少しおどおどした様子で松永に何の言葉もつけずにいきなりそう訊いた。松永はにやついたままで右手に拳を作るとどっ、と男の固い胸板に軽く拳を突き立てた。


「本当だ。俺が今までに野村に嘘をついた事はあるか?」

「あ……ああ……」


 野村は息を一つ吐いて頬の筋肉を引き上げ、やや引きつった笑みを見せた。


「しかし……本当に婦警をヤレるんだったらヤバくねえか?」


 そんな野村の横から小柄で松永と同じ茶髪の男が少し上目遣いでにやつきながら訊いた。


「ヤバかねえよ、吉田。ここに俺達以外の人間がいるか? 通報されなきゃわかんねえ」


 松永はまだ半信半疑な野村と吉田をあざ笑うかのように鼻で一つ笑うとぽん、と二人の肩を叩いた。


「それとも何か? 何もしねえうちにビビってるのか? 婦警って言ってもOLや女子高生と変わんねえ女だろ」

「あ、ああ。そりゃそうだ」

「ただ制服を着てエラそうにしてるだけだもんな」


 自分を鼓舞しようとしているのか、野村と吉田は互いをちらちら牽制するように見合い、うんうんと大きく頷いた。


「まあ、パクられるとか色々不安に思うだろうが、これを見ればそんな物、吹っ飛ぶぞ」


 そう言ってワゴン車の後ろに回った前田がそのドアを一気に開け広げた。

 野村と吉田はワゴン車の後部に行き、開け広げられたワゴンを見た。

 そこには制服制帽をきちんと着用し、ロングブーツを履いた婦人警官、優華が後ろ手に手錠を掛けられた状態で気を失って横になっていた。野村と吉田はそんな優華を見てごくっと生唾を飲み込んだ。


「な? 嘘はつかねえだろ?」


 野村と吉田の後から松永が軽い調子で言うと、二人はこくっと首を縦に振った。


「い、イイ女……だな」

「婦警にはロクな女はいねえって思ってたけど……」


 野村と吉田は優華の顔や胸、越し回りの辺りを見ながらひそひそとそんな事を話し合っていた。


「久保寺優華ちゃん。まだ二十歳のぴちぴち婦警さん。もしかしたら、処女……」


 松永はひそひそと話し合う二人の欲情を煽るように少々ふざけ気味に優華の事を話した。そんな松永や野村、吉田の様子を見ていた前田がパンと手をひとつ打って注意を自分の方に向けさせた.


「さあ、ウィンドウショッピングはこれまでだ。林に運び出せ」


 前田がそう言うと野村がワゴンに乗り、両脇から優華を起こし、吉田はロングブーツに包まれた両足を抱えてそっと車から優華を下ろした。そしてガードレールを越えて林の中へと入っていった。


「……もう少し度胸があればあの二人、もっと使えるのにな」


 優華を林に連れ込む野村と吉田を見ながらぽつりと前田が呟いた。


「でもあいつらいいヤツだぜ。口も硬いし」

「強盗や引ったくりにいいヤツはいらん。いるのは度胸とここだ」


 前田はつんつんと自分の頭を突付いて見せた。すると松永はふふっと軽く笑った。


「俺は両方とも持ってる」

「もちろん。度胸は有り余るほどある。そしてここは……あるだけ、だがな」


 自分の頭を突付きながら前田はガードレールを越えて二人の後を追うように林に入っていった。松永は一度小首を傾げて少し考えたが、考えの結果を出す前に前田の後を追って林に入っていった。

「……よし、この辺りでいいだろ」


 優華を運ぶ二人を前田が止めた所は道路から少し山の中に入った所。そこは傾斜が緩く、辺りは倒木と枯葉が埋め尽くした場所だった。

 冬口と言う事もあって木には葉がなく、地面に新たに落ちた落ち葉が枯れた色の絨毯となっていた。

 吉田はそっと足から優華を下ろし、野村が上半身を立ち木に寄りかからせるようにして下ろした。優華はまるで昼下がりに木陰でお昼寝をしているようであった。しかし、両手は後ろ手に回されて手錠で拘束されているが。


「へへ……」

「……いい眺め……だ……」

「本当だ……早くヤリてえ……」


 松永、野村、吉田の三人は今にも飛びかからんと言う様子で優華を見ていた。


「慌てるな。慌てるなんとかはもらいが少ない」


 そんな三人をじらすように前田が言葉で釘を刺した。三人は僅かに不満げに前田の方を見ると彼は手に何か四角形の物を持っていた。


「それは?」

「こうしておけば……後々いい事が続く」


 そう言いながら前田はそっと三人の前に立ち、四角形の何かを自分の顔の前に持っていき、構えた。

 次の瞬間、デジタル音を残してぱっと一瞬、それから光が生まれた。松永は前田の行動に納得の笑みを見せた。


「デジカメか……いつそんな物を?」

「野村と吉田を呼び寄せる時に家に寄ったろ? その時。無論、今だけじゃない。他の様子も色々と……そうだ。警察手帳も撮っておこう。松永、これを開いて持ってろ」


 前田はポケットから優華の警察手帳を取り出すとそれを開いたままで松永に手渡した。

 松永はそれにデジカメのレンズを向けると前田はピントを合わせてシャッターのボタンを押し込んだ。

 再び、デジカメのフラッシュが輝いたその時、


「前田さん、婦警が気付いた」


 野村が興奮と緊張のせいかいつもより高めの声でそう言った。前田と松永が優華の方を見ると垂れて動かなかった優華の頭が僅かに動き出している様子が見えた。

 松永はそっと優華の右脇に彼女の目線の高さに合わせるようにしゃがみ込んだ。前田は黒のロングブーツを履いた足に跨るように座り、正面から優華の顔を観察するように見据える。野村と吉田はささっと控えるように前田のそばで優華を見下ろすに立った。


「…………う…………ん……んん……?」


 僅かに開いた唇から弱々しい声が漏れ、首や肩が小さく動き出した。するとすぐに自分が異常な事態に陥っている事がわかり、急速に現実世界に引きずり出された。


「えっ」


 後ろ手に回された手が動かない。この事にはっとした優華は顔を上げ、今自分がどこかの部屋の中でなく知らない雑木林の真っ只中にいて、さらに下賎な眼差しを浮かべる男四人に取り囲まれている事を知った。


「……な……なんなの? あなた達……ここはどこなの! 手錠を外しなさい!」


 優華は周りを一瞥した後できっと自分の正面にいる前田を厳しい目で睨んだ。すると前田はふっと軽く笑い、足元のロングブーツのふくらはぎ辺りをそっと撫でた。


「まあまあ、せっかく知り合ったんだから楽しみましょうよ、久保寺優華巡査」

「な……なんで私の名前を……」


 初対面の男に自分の名前だけではなく階級まで言われ、一瞬驚いた優華が訊き返すと彼女の目の前に黒い手帳が差し出された。


「これ、婦警さんのでしょ?」


 松永が嘲るようにそう言うと優華の頭にかっと血が上った。


「か……返しなさい! それはあなたのような人が持つ物ではないのよ!」

「へっ、エラそうな口訊くなよなっ!」


 松永は警察手帳で優華の頬を一発、叩いた。辺りに小さな乾いた音が響く。
 一瞬、優華は視線を落したがすぐに手帳を持つ松永の方を振り向いてきっと彼を睨み付けた。しかしそんな
厳しく鋭い睨みも松永のへらへらした表情を引きつらせる事はできなかった。


「へへっ……やっぱ婦警はこれくらい厳しくなきゃな……」

「ふざけないで! あなた達を公務執行妨害と逮捕監禁の現行犯で逮捕します!」


 優華の強い口調は止まる事を知らず、松永を睨みながらさらに言葉をぶつけていた。


「逮捕する? 手錠は婦警さんがしてるんだろ?」

「くっ……」

「久保寺巡査」

「まだ……!」


 自分の名前をふざけ半分に呼ばれてカッとした優華が前田の方を見たその瞬間、デジタル音と共にフラッシュが焚かれた。その突然の光に優華は一瞬顔をしかめた。


「そう。その厳しい表情が婦警らしい……」

「私を撮ってどうする気!」

「わかんないか。こうして手錠掛けられて野外に放置されている婦警を写真に残せばなにができるか……」


 前田の言葉に優華は思わず言葉を喉で押し止めた。恐らくそれを警察や近所、友人、親類縁者にバラ撒くと脅すつもりであろう。脅しの常套手段である。

 無論優華はそうするつもりであろうと感づいていた。だがこのような卑劣なやり方に屈する訳にはいかない。

 私は警察官。決して悪に屈する事は許されないのだから。


「そんな脅しには屈さない! ただあなた達の罪が増えるだけよ!」


 優華は前田を睨みつけながら強い口調で言った。しかしそんな強気の態度の前に前田の表情は変わらなかった。


「多分、この写真を現像してあちこちに送り付ける……そう考えたんだろうが……そんな非効率的な事はしない」

「?」

「これはデジカメ。撮った物をパソコンに取り入れる事ができる。取り込んだ写真を使って婦人警官のアダルトサイトを立ち上げたら……さぞかし、賑わうだろうな」


 普通に写真を現像しただけでは送り付けられる数などたかが知れている。しかしインターネットに流せばその写真を見る事ができるのは日本、いや世界中の不特定多数。つまりは優華の拘束写真が効率的にしかも無限にバラ撒かれるのだ。

 一瞬、優華の顔が引きつった。


「バ……バカな事言わないで! そんな事をして……そんな事をして許されると思っているの!」

「ああ、思ってるぜ」


 前田の代わりに松永が即答した。松永は優華の顎に手をやり、くっと自分の方を振り向かせた。


「お前の仲間がうろうろする街じゃ許されねえけどな、ここにはお前と俺達だけ。お前が許さなくても俺達が許すからいいんだよ!」

「そんな……そんな訳が……」


 優華の強気一辺倒だった態度が僅かにぐらつく。今、自分の目の前にいる男達が警察官に恐れを抱いて危害を加えない、と言う常識を明かに逸脱した連中であり、それに全く罪悪感を覚えていない連中である。

そんな男四人に拘束されている。優華の中でようやく恐怖感や絶望感が芽生え始めた。

 するとそんな優華の僅かな心の動揺を見透かしたか、松永が自分の方を向かせた優華の顔にそっと自分の顔を近付けようとした。

 唇を奪われる。

 優華は女性が唇に対して持つ特有の危険信号が灯ったのか、反射的に顔を松永の手から振り解き、前を向いて俯いた。


「やめなさい! 私は警察官よ!」


 俯いたままだが横目で松永を睨んで強い口調で言った。まだまだ警察官としての正義感や使命感が優華に毅然とした態度を取らせていた。

 すると前田はそんな優華を意地張る子供を見るようにふふっと軽く笑って見ると、ロングブーツを撫で回しながらそっと俯く彼女の顔を覗き込むように首を下げた。


「警察官だったら……一般市民を守るのが仕事だな? 久保寺巡査が最後に行った家の婆さん、どうなってると思う?」


 耳元で囁かれた言葉に優華ははっとして顔を上げ、前田を睨んだ。


「高橋さんを……どうしたの!」

「どうもしていない。ただ手足を縛って押し入れに押し込めてあるだけだ。生きたまま」


 冷静に声の振るえもなく淡々と恐ろしい事を言う前田に優華は毅然とした態度を示したままで背筋を凍らせた。前田はさらに続けた。


「一人暮しの婆さんだし、発見されるまでは当分かかる。でも、体が弱いからあのままにしておくと……」

「…………」


 優華は悔しそうに下唇を噛んで前田を睨んだ。しかし前田には自分を睨む優華の顔さえ可愛らしく感じる。


「まあ、どうすれば婆さんが解放されるか、婦人警官の久保寺巡査にはわかるでしょ?」

「…………」


 優華は黙ったまま。すると前田はさっきの松永のように優華の顎を持ち、くっと持ち上げた。そしてブーツの上からスカートの上に移動してどんどん顔を近付けて行った。


(い、嫌っ……でも……高橋さんが……)


 唇の危険信号は灯り、アラームも鳴っているが押入れに押し込まれている老婆の存在が彼女の顔や首を拘束し、前田の迫り来る唇に対処させなかった。

 自分の唇か市民の解放か。

 まだ若い警察官の優華には重い選択。優華は判断に迷い何もできずにただ呆然とした。迷いに唇を真一文字に閉めた優華の顔に自分の顔を近付けた前田が囁くように言った。


「態度で示してもらうよ、婦警さん!」


 そう言うと一気にがばっと無理矢理彼女の唇に自分の唇をねじ込むように押し付けた。


「……んっ! んん……!」


 まだ誰も触れた事のない若々しい唇に前田の唇が強制的に重ねられる。優華はその嫌悪感に抵抗しようと体をよじり、首を動かそうとしたが人質の存在でその動きは僅かな物。せめて物の抵抗は両目をキュッと閉じ、歯を食いしばって顔をしかめる程度であった。

 前田はそんな嫌がる優華を固定しようと彼女の頭の制帽を抑え付けながら唇を重ね合わせていた。

 そして抵抗を封じられた優華の唇を舌でこじ開けると彼女の歯や歯茎をれろれろと舐め出した。


「……んんんっ!」


 自分の口の中を這い回る前田の舌に思わず優華は悲鳴を上げようとしたのか上顎と下顎の間が開いた。前田の舌はそのチャンスを逃さず、彼女の口腔に自身の舌を押し込み、優華の舌を絡めるように舐めた。


「…………んんっ! んんんんんん!」


 優華はただくぐもった声しか上げられない。何もなければ前田の舌や唇を噛み切ってしまう所だが、人質の存在がそれを許さなかった。

 自身の口内を初めて会った男によって好き勝手に蹂躙されるままにするしかなかった。

 前田は優華の若々しい唇や舌を充分に自分の舌で堪能するとようやく舌を彼女の口腔から出して彼女の唇から顔を離した。


「……はあ、はあ、はあ……」


 前田が離れて優華は冬の冷たい空気を解放された口で取り込もうと少し乱れた呼吸を俯きながらした。彼女の唇についた前田の唾液が冬の風や自分の呼気に当たってひんやりと唇を冷やした。


「へっ、いいなあ……んじゃ、俺もその唇、楽しませてくれよ」


 前田のキスを見た松永はにやっと歯を見せて笑って言うと、優華はびくっと肩を振るわせて小動物のように素早く松永の方を見た。


「い、嫌! やめなさいっ!」


 優華はそう言うしかなかった。突き飛ばそうにも両手は拘束されているし、人質の事もある。松永は自分の方を見た優華の唇に自分の少し薄めの唇を押し当てた。


「んんっ! んんんんっ!!」


 再び優華の口からは篭った悲鳴が漏れ、肩や首が僅かに動き始めた。恐らくは前田と同じように松永の舌も優華の口の中を蹂躙するのであろう。

 前田はふと立ち上がると自分の後ろでじっと松永の強制キスを見つめる野村と吉田をちらっと見た。


「松永のキスが終れば、お前等の番だ。でも、上だけだ。下は俺と松永の後で好きにすればいい」

「え、ああ……」

「わかりました。じゃあ、好き勝手に上はさせてもらいます」


 二人の快諾の返事を訊いた前田はデジカメを強制キスで歪む優華の顔に合わせて撮影のボタンを押した。

 切り取られた画像には嫌悪と屈辱に歪む婦人警官、久保寺優華の表情とその頭に被された婦人警官の象徴である丸い制帽が入っていた。



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