戦友と共に act 05

 からん、と冷たいコンクリートの部屋に少し高めの音が響いた。
 ソルブレイバーは手にしていたケルベロス-Δを床に投げ捨てた。

「はあ……はあ……はあ……」

 だが、その姿をソルジャンヌは見る事はなかった。
 装着しているソリッドスーツは徹底的に破壊されつくし、ただのガラクタとなりつつあった。
 その破壊によるダメージは装着者の玲子も蝕み、彼女の体力を奪い、それ以上にその心を挫いていた。

「………………助けて……誰か……早く……こ、このままじゃ……」

 唯一自由が利く左肩を揺らしながら息をし、ぐったりと俯いてポツリと呟いた。

「……負け……てしまう……から……」

 これは何かの間違い。絶対に誰かが私を助けに来てくれる。
 悪が正義に勝つ、正義が悪に完膚なきまで叩きのめされるなんて事はないのだから――。
 
 硬直しかかった思考の中でそんな事を思ったその時、俯いているソルジャンヌの視界にすうっと青い手が入り込んできた。

「……え……」

 ソルジャンヌはぎこちなく顔を上げた。
 眼前にはいつの間にかソルブレイバーが立っていた。手を伸ばせば余裕で届きそうなほどの至近にいた。
 実際。ソルブレイバーはソルジャンヌに右手を伸ばしていた。

「い……や……!」

 ソルジャンヌは反射的に体をよじろうとした。

「ぐあああっ!」

 その瞬間、吊り下げられた右肩が悲鳴を上げたように凄まじい激痛を飛ばした。
 ソルジャンヌの動きが止まったと同時、ソルブレイバーの右手がソルジャンヌの胸部装甲に掛かった。

「あぐっ……あっ……や、やめ……」

 右肩の激痛にソルブレイバーの行動への恐怖。
 傷ついた体と心が悲鳴を上げるが、その口からは満足な言葉が、悲鳴が出なかった。
 ソルブレイバーはがっ、とソルジャンヌのシルバーの胸部装甲を鷲づかみにした。ソルブレイバーの指が装甲に深く入った傷に入りがっちりと掴む。
 そして、次の瞬間その手と腕に力をかけて引っ張り始めた。

「ひっ……やだ……も……もう……」

 めき、めり、と細かな音を立てながら装甲がゆっくりと引き剥がされて行く。
 機能を失ったマスクの下でソルジャンヌが顔を引きつらせ、弱々しく首を横に振った。
 だが、ソルブレイバーはその手を止めない。
 めりめり、と缶詰の蓋を開けるようにシルバーの装甲を引き剥がして行った。
 無数の攻撃で無残にもひしゃげ、破壊された胸部装甲だがまだ若干の女性的で優美な胸のトップのラインが残っていった。
 だが、装甲が引き剥がされていくにつれてそのラインも消え失せ、ただの破壊された機械へと変貌していく。

「や……めて……」

 ソルジャンヌの声が震え始める。
 装甲を引き剥がされ、ソルジャンヌの内臓とも言える内部機関が剥き出しにされる。それも破壊されると残るは――。
 全身を硬直させ、彼女の心を挫くに十分な恐怖が破壊されたソリッドスーツ包まれた玲子を襲う。

「その程度か」

 ソルジャンヌの声が響いたと同時、ソルブレイバーの手が離れ、高岡の低い声が響いた。
 胸部装甲はめくられるように引き剥がされ、無数のコード、基盤、回路、機構が剥き出しにされていた。
 所々が火花を散らし、煙を上げ、鼻を突く科学臭を漂わせながら沈黙をしている。しかし、僅かにその役割を果たそうと低い機械音を上げる部分もあった。
 高岡はまだ若干は生きているソルジャンヌの内部機構をソルブレイバーを通して見ていた。

「こんなおもちゃみたいな機構で私に立ち向かおうとは……」

 くくっと高岡が笑う。小さな笑い声だがソルジャンヌには破壊された装甲や機構を貫いて心の中まで突き抜ける鋭い刃のように感じられた。
 高岡は小さく笑いながらきっ、とソルブレイバーに視線を向けた。

「スクラップにしてやれ」

 高岡がそう言った瞬間、ソルブレイバーの手が装甲を引き剥がされたソルジャンヌの胸に伸びた。

「やだぁ……ぎゃあああああああっ!」

 僅かにソルジャンヌが身を捩じらした瞬間、彼女の胸の中が爆発を起こした。
 ソルブレイバーはソルジャンヌのむき出しとなった内部機構を鷲掴みにした。そして、コードの束や基盤、機関など彼女の「内臓」を引きずり出したのだ。

「やっ……やだあああああ!」

 断末魔の叫びのように無数の火花や小爆発を繰り返して引きずり出されていく内部機構。
 そして、その悲鳴を代弁するかのように玲子が悲鳴を上げていた。
 ソルジャンヌの足元に引きずり出され、引きちぎられて捨てられた基盤やコードが散らばっていた。

「やだ……はあはあ……いや……はあ……」

 左肩を揺らし、悲鳴を上げながら荒い呼吸を繰り返す。
 ソルジャンヌに抗う術はなく、ただそうやって為すがままにされるのを耐えるしかなかった。
 ソルブレイバーはスパークや破片が飛び散っても気にする事無く淡々と、しかし確実にソルジャンヌを破壊していった。

「もうできたか」

 僅かに沈黙が生まれ、高岡が静かに言った。
 ソルブレイバーの手は止まる。
 ソルジャンヌは胸から無数の千切れたコード、割れた基盤、破壊された機関を垂らし、ぶすぶすと化学物質のこげた匂いと黒煙を上げて吊り下げられていた。

「仕事が速いな……もうスクラップにするとは」

 くくっと高岡がまた笑う。

「はあ……はあ……もう……いいでしょ……」

 ソルジャンヌがポツリと言った。高岡がそれに反応してソルジャンヌを見た瞬間、彼女の顔が上がって高岡を睨むように見た。

「もう……十分でしょ……こ、こんな……ゲームみたいに命を弄ぶのは……」
「ゲームになっていない。これがゲームだったら非常につまらん」

 口元に冷たい笑みを作って高岡が言う。
 ソルジャンヌは高岡を見ながら続けた。

「もう……こ、殺すなら殺しなさい……私が憎いのでしょ……でも……私を殺しても本物のソルブレイバーやみんなが……」
「そんなつまらん事を私がするように見えるか……どうやら、私を良く見ていないようだ。よく見えるようにしてやれ」
 
 高岡がそう言うとソルブレイバーは再びソルジャンヌに歩み寄ると左手で彼女の顎を掴み、ぐっと顔を上げさせた。
 そして、右手に拳を作りそれをゆっくりと、見せ付けるように振り上げた。

「な……何を……殺しなさい……もう……私を……これ以上……」

 ソルジャンヌが言いかけた次の瞬間、ソルブレイバーの拳が顔面の半分を占める黒いバイザーに振ってきた。

「きゃっ!」

 短い悲鳴を上げたと同時、頭部に感じた事もないような衝撃が加えられ、一瞬意識が飛びかける。
 マスクには最高の衝撃吸収機構があるはずなのに、それすらももう利かなくなっているのか。
 短い間にそう思った。飛びかけた意識が戻ってみると視界の左半分がスリガラスのように白っぽくにごっていた。既にダメージを受けて耐久力の落ちていたバイザーはソルブレイバーの拳の落下点を中心にびしっと深く細かなひびが走っていたのだ。

「あ……やめ……」

 そして、ひびは走っているがまだ見通せる右の視界には。
 ソルブレイバーがまた拳を振り上げていた。
 ソルジャンヌが途切れた言葉を口にした瞬間、ソルブレイバーの拳が一発目と同じ場所、狂いなく振り下ろされた。

「きゃあっ!」

 その瞬間、衝撃とともにばき、ともぐしゃ、ともつかぬ破壊音が響いた。
 反射的に目を閉じた玲子。その瞼越しにぼんやりと光を感じた。

「バ……バイザーが……!」

 恐る恐る瞳を開けると。バイザーの左半分が無残にも砕かれ、玲子の素顔の左四分の一が露になっていた。
 玲子の呆然とした目に、砕かれたバイザーの破片で切れた頬に、汗と涙でぐちゃぐちゃになった肌を直接熱い部屋の空気が撫でる。
 そんな玲子の露になった顔にソルブレイバーはさらに手を伸ばしてきた。

「いやっ……いやあああ!」

 壊すどころか傷さえも入れられないと信じていたソリッドスーツ。それを完全に破壊したソルブレイバーが無防備の顔にその手を出そうとしている。
 玲子は正義の味方でもソルブレイン隊員でもない、恐怖に駆られる普通の女の悲鳴を上げた。
 彼女は唇を奪われまいとするように顔を背けたかった。しかし、ソルブレイバーの手ががっちりと顎を掴み、それをさせない。
 ソルブレイバーの手は砕かれたソルジャンヌの顔面に入り、バイザーの下、鼻から下を全て覆うシルバーのレスピレーターを掴んだ。
 
「あっ! げほっ!」

 掴んだと同時。ソルブレイバーはレスピレーターを背中のクラフィケーターに繋がる両サイドの金属製のパイプ諸共マスクから引き千切った。
 ほとんど機能停止されていたレスピレーターだがそれがなくなると鼻を突く化学臭や不快な空気を直に受ける事になる。
 玲子は思わず咳き込んだ。

「よく見えるようになったろう。己が敗北の姿を」

 くくっと高岡が笑いながら言う。
 ソルブレイバーはそれを聞くとソルジャンヌの顎から手を離した。がくっ、とソルジャンヌの頭が垂れ、露になった半開きの口から荒い呼吸がこぼれた。

「…………」

 ソルジャンヌは何も言わない。
 砕かれたバイザー、露になった血と汗と吐き出した胃液塗れの顔、引き剥がされた胸部装甲、引きずり出された内部機構、切り刻まれたライトスーツ……。
 その目で見て、その体で感じたソルジャンヌの敗北。完膚なきまでに完全に破壊されたソルジャンヌ。
 これ以上の破壊はない。あるとすれば最早――。

「さてと。お遊びはここまでだ。ソルブレイバーがうろうろしている頃だろうしな」

 高岡がそう言ってさっとソルジャンヌに背を向けた。ソルブレイバーもゆっくりと彼女に背を向けようとした。

「……まだよ……」

 引きとめようとするようにソルジャンヌがぽつりと言った。高岡とソルブレイバーは足を止めてちらりとソルジャンヌを見た。

「ま……だ終わって……ない……わ……私が……生きている限り……あなた達を……絶対に……」

 砕かれ露になった左目が強くソルブレイバーを、その後ろの高岡を睨んだ。
 高岡はくすっと笑った。

「まだ、か」

 高岡がふいっと視線をソルジャンヌへ流す。するとソルブレイバーが動き出し、床に落としたスラッシュモードのケルベロス―△を再び手にしてソルジャンヌに向き合った。

「…………ごめん……」

 ソルジャンヌがもう一度呟いてそっと目を閉じた、次の瞬間、

「……ぎゃああああっ!」

 砕かれた右肩から物凄い衝撃と凄まじい痛みが走った。
 見るとクレーンに吊り下げられていたはずの右腕がだらんと垂れ下がり、その手首にはクレーンの重いフックが突いたままのカフスロックが付いていた。
 ソルブレイバーは彼女ではなくクレーンを切ったのだ。その瞬間、重力に導かれて重いクレーンが落下。それとともにソルジャンヌの腕も落下したのだ。

「肩っ……肩があっ! 痛いいいいいっ!」

 激痛に悲鳴をあげてソルジャンヌはその場に崩れた。
 言う事の聞かない肩、激痛を発すだけの肩を押さえ、俯きただその痛みと戦った。
 目の前のソルブレイバーが一歩歩み寄り、すうっと足を上げたのも気付かずに。

「ぎゃうっ!」

 その次の瞬間、彼女はそばの壁に後頭部と背中から叩きつけられた。その衝撃は今までの攻撃の比ではなく、マスクの後頭部が砕け赤い装甲がぱらぱらと落ちた。
 ソルブレイバーはサッカーボールのようにソルジャンヌを蹴り飛ばしたのだった。しかも、ありったけの力を脚に込めて、思い切り脚を振りぬいて。

「……み……ん…………」

 ずるずると壁を背にソルジャンヌは崩れながらぽつりぽつりと言葉を口にした。

「…………な……」

 最後の一文字を口にした瞬間、がくっと彼女の全身から力が抜けた。
 ソルジャンヌは動いたり悲鳴を上げることもなく、壁にもたれた人形のようになった。
 遠ざかる高岡とソルブレイバーの足音。
 それすらも聞く事はなかった。

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