戦友と共に act 06

「……………………」

 手首にはまったままのカフスロック。
 ソルジャンヌはそれから視線を逸らすと深い溜息をついた。
 砕かれた右肩やスーツ諸共切り刻まれた腕や腹や脚からは痛みがさざなみのように起きている。だが、慣れてしまったのか、あるいは肉体の防御反応か激痛とまではいかない痛みで留まっている。
 夢ではない。
 自分は、ソルジャンヌは高岡率いる偽のソルブレイバーに完膚なきまでに破壊され、敗北を喫した。
 正義が悪に屈してしまった――。

(違う……そんな事……ない……私は負けたけど……)

 まだソルブレイバーもいる。ソルドーザーもいる。自分よりもずっと強い仲間がいる。
 1人が負けてもみんなが力を合わせれば絶対に勝てる。

(……知らせなきゃ…………みんな……に……)

 ソルジャンヌは左手で壁を頼りにしながら苦しそうに立ちあがる。右手首に食い込むクレーンのフックをつけたままのカフスロックが痛む腕や肩を引っ張る。

「ぐっ……」

 鈍痛、激痛がびりっと走る。ソルジャンヌは顔を顰めて動きを止めた。

「つっ……」

 徐々に痛みが遠ざかる。彼女は下唇を噛み、腕を引きずるように歩き出した。

「うう……」

 壁にもたれながらコードや基盤を垂れ下げたままよろよろと歩くと、半開きのドアがあった。
 そこから部屋の外に出て再び壁沿いによろよろと歩き出す。
 破れた屋根から漏れる日光にソルジャンヌの破壊された赤い装甲と切り刻まれたエナメルのような光沢の黒とシルバーの強化スーツ、さらにそこから引きずり出されたコードや基盤がきらきらと輝く。
 
「うっ……早く……早くしないと……」

 ソルジャンヌは自分に言い聞かせるように呟く。
 速く歩きたい、いや、駆け出したいのだができない。 
 完全破壊されたソリッドスーツはソルジャンヌとしての能力を発揮する事はなく、それどころか負傷し消耗した玲子の体にまとわりつくガラクタ。
 その重量がただでさえ重く感じる彼女の体にさらなる重さを加え、ひきずるようにしか動けないようにしていた。

「はあ……はあ……うう……」

 踵を引きずり、壁を頼りにどうにか長い通路を歩き、ホールのように開けた場所にたどり着いた。

「はあ……あ……」

 そこに行くとソルブレイバーが一人、ギガストリーマーを持って立ち尽くしている。

「ソルブレイ……バー……」

 ソルジャンヌはその影を見てほっと安堵の息をついた。

 やっぱりソルブレイバーは強い。偽者なんかには負けない。私がやられてもこうして偽者を倒しているのだから――。

 破壊や負傷がこれほどまでに酷くなければソルブレイバーに駆け寄りたい。しかし、何かがおかしい。
 そのソルブレイバーはここまで破壊され尽くされた仲間を、ソルジャンヌ見ても「大丈夫か!」と駆け寄ったりせず、それどころか気にかける様子もなくただ立ち尽くすだけだったのだ。

 まさか――。

「お目覚めか、ソルジャンヌ」

 もう一つの最悪の可能性を考えかけた瞬間、ソルブレイバーのそばから高岡が姿を表した。

「た……高岡!」
「遅かったな。あと少し早くここに来れば面白い物が見られたというのに」
「……まさか……!」

 ソルジャンヌがそう言うとソルブレイバーは左手に持っていた何か丸い物を彼女に向かって放り投げた。

「……ソ、ソルブレイバー!」

 乾いた音共に転がって来た物を見てソルジャンヌは息を呑み、全身の血液が逆流するような驚きを感じた。
 それはソルブレイバーのマスクだった。ゴーグルを破壊された上にあちこちが割られて回路が剥き出しとなり、破壊され尽くした無残な姿になっていた。

「周りを見てみろ」

 高岡にそう言われて周りを見る。
 あちらこちらに青いソルブレイバーのソリッドスーツの破片や部品、武器の残骸が散らばっている。
 そして、部屋の隅の方にマスクを剥ぎ取られ、全身を破壊され尽くされ、ぴくりとも動かないソルブレイバーが倒れていた。
 さらに、そのそばにはスクラップと化したソルドーザーが炎を上げて燃え上がっていた。

「あ……ああ……そんな……」

 自分以外のソルブレインの隊員は誰一人動いてはいない。それは何を表すのか、彼女はそれを思い絶望に包まれた。

「う……嘘…………ソルブレインが…………ソルブレインがあ!」
「私の夢、ソルブレインの壊滅はもうなったような物だ。あとは本部を破壊するだけ」

 冷たく高岡がそう言って一つ笑った。
 ソルジャンヌはがくっと頭を垂れた。
 その足下を見るとソルブレイバーの武器、ケルベロス―△の残骸が転がっていた。
 ソルジャンヌはそれを手にすると、立ち尽くすソルブレイバーを睨んだ。

「私達は人の命と心を救うソルブレイン……それが…………人の命を弄び、自分の復讐の事しか考えないあなたのような科学者に壊滅させられるなんて……そんな事……ありえない!」

 そう言うと手にしたケルベロス―Δの残骸をぎゅっと握り締め、ソルブレイバーと高岡にその先端を向けた。

「高岡隆一! あなたを逮捕する!」

 悲鳴のような声を上げながらソルジャンヌはケルベロスΔの残骸をかざし足を引きずりながら走り出した。しかし、それはあまりにも絶望的な突撃であった。
 駆け寄るソルジャンヌの破壊された胸部にソルブレイバーが性能を強化されたギガストリーマーの照準を合わせた。そして、何の躊躇もなくその引き金を引いた。
 様々な声や音が交錯し、迎えた一瞬の静寂。それを破るように高岡が言った。

「行くぞ。ソルブレインを皆殺しにするんだ」

 その声にソルブレイバーはゆっくりと歩き出した。
 ソルブレイバーの青色、ソルドーザーの黄色の破片、そしてたった今、辺りに散ったソルジャンヌの赤色の破片を踏み締めて。

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