戦友と共に act 04

「か、肩がああっ! 肩がああああっ!」

 全く動かなくなった肩を押さえながらソルジャンヌがコンクリートの上をのた打ち回る。
 装甲がコンクリートを擦り、足元のヒールが不規則に高い泣き声を上げ部屋に響き渡らせていた。
 その時、天井の方から低いモーター音と耳障りな高い音が聞こえてきた。
 モーター音と共に天井からクレーンのフックが降りてくる。ソルブレイバーは天井に手を伸ばしそれを掴んだ所で音が止まった。

「自力で立って大人しく対峙できないようだからな。手伝ってやろう」

 高岡がにやりと笑いながら言った。
 ソルブレイバーはどこからか黒い二つの輪がついた手錠、カフスロックを取り出した。
 ざりっと鈍い足音を立ててカフスロックを手にしたソルブレイバーが床をのた打ち回るソルジャンヌに歩み寄った。
 そして、足元を転がるソルジャンヌに腕を伸ばした。

「ぐああっ!」

 ソルブレイバーはソルジャンヌの左手首にカフスロックの片側を掛けると片手でソルジャンヌを無理矢理立たせるように引き上げた。
 立たされたソルジャンヌの右肩より先、右腕がだらんと垂れ下がり感じた事もないような激痛が走る。
 激痛にあげる悲鳴もソルブレイバーは気にする様子もなく、ソルブレイバーは淡々と作業を続けた。
 彼女の左手首に掛けたカフスロックのもう片側をクレーンのフックに掛けた。

「あ……ああ……な……何をする……くっ……は、離しなさい……!」

 左手一本でソルジャンヌは吊るされる格好。傷む右肩も押さえられなくなった彼女はその姿勢でソルブレイバーに顔を向けた。
 ひび割れたバイザー越しで見えないが、ソルブレイバーを強く睨みつけている様子。
 ソルブレイバーは腰に収納していたケルベロス―△を再び手にした。

「や……やめるのよ……そんな……あなたも人間だったら……」

 びくっとソルジャンヌの全身が僅かに振るえ、声も微妙に震えた。
 避ける事も出来ないこの状態で再びあの攻撃を被弾したら――。
 ソリッドスーツに身を包まれると鋼のような強い心を持つ彼女。しかし、今、そのソリッドスーツが破壊され、それと共に生じた心の綻びから恐怖がにじみ出ていた。
 しかし、ソルブレイバーは彼女の思ったような行動を取らなかった。

「……えっ!」

 ソルブレイバーの手元にあるケルベロス―△が一瞬にしてその形を変えた。

「スラッシュ……モード……!」

 三角形だったケルベロス―△は1本の直線の棒に変形した。
 スラッシュモード。救助の際、崩れたコンクリートや鉄骨が行く手を阻んだ時、それを撫で切って道を作る道具。
 そう、武器などではないはず。
 しかし、高岡が言っていた言葉。

「チャンバラ遊び」

 ソルジャンヌの体が凍りつく。
 ソルブレイバーがスラッシュモードのケルベロス―△を持って歩み寄ってくる。

「やめろ……これ以上……やめるのよ……あなた……」

 真っ直ぐソルブレイバーが歩み寄る。かつん、かつん、と金属的な足音を立て、ぶん、とエネルギーが放出される音をケルベロス―△から立たせながら。

「や……それを……降ろしなさい……命令よ……」

 右肩の激痛も忘れる程の緊張感がソルジャンヌの全身を走り抜ける。
 荒く、深く呼吸を繰り返し、ひびの入ったバイザー越しに近付いてくるソルブレイバーを睨んだ。
 ソルブレイバーは彼女に徐々に歩み寄っていった。しかし、近付くと急に違う方向に歩みを向けた。

「?」

 彼女から見て左側に進路を取って歩き続けた。
 ソルジャンヌは顔をソルブレイバーに向け、その歩く様子を追う。
 ソルブレイバーは止まる気配もなくゆっくりと、淡々と歩いた。左に進路を取ってからは吊り下げられて身動きの取れない手負いのソルジャンヌを回り込むようなコースを歩く。

「やめなさい……あなた……これ以上は……今すぐカフスロックを外して……破壊活動を……高岡に協力擦ることを……」

 ソルジャンヌの問い掛けにもソルブレイバーは全くの無反応。歩みを続けてついにソルジャンヌの視界から外れていった。
 ぐっ、とソルジャンヌの喉が鳴る。
 視界からソルブレイバーが消え、今から何をするのか全く見えない。普段ならバイザーに映し出されるはずの背後の画像も攻撃によるダメージで全く映し出されない。
 このまま、彼女から離れどこかに行く? いや、背後にはまだ気配がある。

「きゃあああああああっ!」

 突然、ソルジャンヌの体が激しく揺れ、彼女の悲鳴が上がった。
 ソルブレイバーが視界から消えた瞬間、鈍い金属音が起き、その刹那に小爆発と火花、体をへし折られてしまうと思うほどの衝撃が背中から起きたのだ。
 それの衝撃、痛み、背中を焼くような熱に彼女は反射的に悲鳴を上げた。

「あぐ……ああっ……げほっ! げほっ!」」

 金属のチューブで背中のクラリフィケーターに繋がっているソルジャンヌのマスクの中に化学物質が焼けた刺激臭が充満し、樋口玲子の鼻を、喉を刺激して咳き込ませる。
 電気系統がショートし、放電する音と背中に内蔵されたエアタンクからエアの漏れ噴出す音が重なり合ってコンクリートの部屋に響き渡る。
 そして、背中は焼けるように熱い。薄いライトスーツの上で紅蓮の炎が上がっているかのように熱い。
 小爆発とソルジャンヌの悲鳴の後でそんな音や匂い、感覚が彼女の感覚器を刺激していた。
 
「げほっ……ぐ……うう……」

『背部致命的損傷、マスク内有害物質検出、これ以上の活動は危険、直ちに退避せよ』

 ひび割れたバイザーから画面を乱しながら悲鳴のような警告が浮かぶ。
 それはソリッドスーツの悲鳴、そして、ソルジャンヌの悲鳴でもあった。

「ぐあ……ああ……」

 しかし、どうする事も出来ない。
 ソルジャンヌはよろめくようにかつっ、と踵を一つ鳴らした。

「ぐああああああああっ!」

 次の瞬間、ソルジャンヌの悲鳴が再び上がった。
 さっきと同じ。鈍い金属音と小爆発、火花、衝撃――。
 ソルジャンヌの足元にいくつかソリッドスーツの破片が金属音を上げて転がった。

「あ……あああ!」

 見えなくてもわかった。
 ソルブレイバーはケルベロス―△でソルジャンヌの背中をまずえぐるように袈裟切り、そして、背中に×を描くように返す刀でしゃくり上げて切った。
 ソリッドスーツに、玲子の体に刻まれたケルベロス―△の軌道が見えないはずのソルジャンヌ自身の背中の惨状をその目に浮かび上がらせる。

「げほっ……ああ……うあ……」

 マスク内に充満する刺激臭に彼女は咳き込み、涙ぐむ。
 涙に煙ったソルジャンヌの視界。涙とバイザーのひびにぼんやりしたとしたその視界に不意に青い何かが入り込んだ。

「あ」

 ソルジャンヌが顔を上げると。青いそれは長い棒のような物を振り上げていた。そして、瞬間的に振り下ろした。

「ぎゃああああああっ!」

 今度は胸で爆発が起きた。背中よりも強い爆発と衝撃。バイザーに映し出されていた警告が一斉に消え、沈黙した。
 だが、その事にすらソルジャンヌは気付かなかった、いや、気付かされなかった。

「あああああっ!」

 胸の爆発と衝撃の刹那、今度は装甲のない腹部を真一文字に切り裂くような衝撃。シルバーとブラックのエナメル状のスーツが切り裂かれ、無数の切られたコードが火花を上げながら流れた。

「いやああああああ!」

 腹部を切られたまた刹那、今度は首。首を包む白と黄色のカバーが真一文字に切られ、コードや冷却剤が吹き出た。

「があああっ!」

 その次はクレーンに繋がった左腕。エナメルのライトスーツが切り裂かれ、コードや人工筋肉のインナーが露となった。

「やめっ! ああああああっ!」

 そして、その次は下腹部から足にかけてが袈裟切られた。
 ソルブレイバーは流れるような動きでケルベロス―△を舞わせて瞬間的にソリッドスーツを、ソルジャンヌを切り刻んでいった。

「ぎゃあああああっ! やめてええっ! ぐわああああああああっ!」

 ケルベロス―△の軌道に沿ってソリッドスーツは全身で爆発を繰り返し、装着者の玲子に凄まじいダメージを与えた。
 玲子は溶鉱炉の中に放り込まれているかのような灼熱とプロボクサーのラッシュを受けているような間断ない衝撃、そして全身をミンチにされているような痛みを味わされていた。
 逆転の希望も何もない、絶望の中で味わう責め苦。
 地獄、まさに地獄その物だった。

「ぐあはあ……はあ……げほっ……げっ……う……はあ……」

 ソルブレイバーの動きが止まる。
 その顔の向く先には。
 左手一本でクレーンから吊るされて起こされるソルジャンヌがいた。
 赤とシルバーとエナメルブラックで構成される美しいソリッドスーツはない。
 優美な曲線を描き、赤とシルバーのツートンカラーの胸部装甲には長く深い傷が左肩口から右脇腹にかけて斜めに入っている。傷の中からは火花と煙が上がっていた。
 装甲がなく、シルバーとエナメルブラックに色分けされたライトスーツに覆われた腹部は真一文字に切られて切れたコードが垂れ下がっている。
 それは左腕も、左腰から下腹部を貫き、右の大腿部にかけても同様だった。
 装甲がなく、ライトスーツのみが装着された部分はあちこちで切り開かれてインナーの人工筋肉を、コードを、あるいはインナー諸共切られて玲子の肌を露にさせていた。
 
「はあ……げほっげほっ……ぐうう……ぐ……げほ……」

 正義の味方、悪に立ち向かい弱気を助けるソルジャンヌの姿はそこになく、全身を破壊されつくされ、敗北に塗れた無残なヒロイン、ソルジャンヌの姿があった。
 ソルジャンヌはただクレーンに吊り下げられ、咳き込みながら呼吸を繰り返すだけだった。


「チャンバラ遊びもこれくらいにするか」

 高岡がやや飽きたような口調で言った。すると、ソルブレイバーはからん、とケルベロス―△を床に投げ捨てた。

「うう……はあ……はあ……も……う……これ……以上……」

 途切れ途切れにソルジャンヌが何かを言おうとしている。
 それを聞きながら高岡はにやりと口元に笑みを浮かべた。

「そうだ。これ以上は武器は使わない……余りに一方的過ぎてつまらん」

 そう言うと高岡は深い溜息をついてちらりとソルブレイバーに視線を送った。

「ソルブレイバー、その手で遊んでやれ。まだソルジャンヌで遊ぶ余地はある、だろう」

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