戦友と共に act.03

「げほっ! う……うう……」

 ソルジャンヌが腹を押さえながらよろよろっと立ち上がる。足に力が入らず、軽く広げて踏ん張るそれは生まれたての馬のようにぷるぷると震えていた。
 それでも彼女は波のように寄せては返る胃液の逆流を感じながらソルブレイバーに向かって構え、対峙した。
 絶望的な状況となってもまだ悪と対峙する使命。それに健気なまでにも従順に従うソルジャンヌに高岡がくくっと笑った。

「そうでなくてはなあ……今くたばってしまっては遊びもつまらない」
「う……っく……ま……負けな……ぐふっ……負けない!」

 装甲がくぼみ、ひびが無数に走り、破壊されつつあるソリッドスーツ。
 痛めつけられ、傷ついた戦友と共に彼女は悲鳴のような声を上げて黒いバイザーの下から高岡を、ソルブレイバーを睨んだ。
 そんなソルジャンヌに高岡はもう一度笑った。

「では、始めようか。ソルジャンヌ、火遊びをな」
 
 高岡が言った瞬間、やや緩慢な動きでソルブレイバーが腕を動かし、腰に手を回した。そして、ゆっくりと三角形の物体を取り出してきた。

「あれは……ケルベロス―△(デルタ)!」

 三角形のその物体はソルブレイバーの武器、ケルベロス―△だった。見た目は本物と全く同じ。と、言う事は機能も威力も――。

「そ、そんな物まで……」
「そうだ。言ったろ、すべてコピーしていると……それと」

 武器の登場にソルジャンヌの全身が強張る。
 ソルブレイバーの武器の威力はよく知っている。いつもそばで見ているから。
 その威力がこのソリッドスーツに、しかも損傷が激しいこのソリッドスーツに向けられたらどうなるのか。
 ソルジャンヌはじりっと後退して僅かでもソルブレイバーとの間合いを広げようとした。
 そんな彼女にソルブレイバーはケルベロス―△の頂点の一つをゆっくりと向けた。

「!」
 
 頂点が向けられてぴたっと止まった瞬間、ソルジャンヌは倒れこむように伏せた。
 コンクリートの床に倒れこんだと同時、背後で爆発音が起きた。爆風と熱風、コンクリートの破片が伏せるソルジャンヌの全身を洗い舐める。

「…………!」

 ひびの入った肩の装甲越しに背後を見る。
 ソルジャンヌが叩きつけられてもびくともしなかったコンクリートが、装着しているソリッドスーツよりも分厚く、傷一つないコンクリートの壁が砕かれ、ぶすぶすと炎を上げていた。
 もし今のが直撃したら――ソリッドスーツ内の排気機構が破壊されて全身汗塗れとなっている玲子の体温が瞬間的にさーっと引く。

「ソルブレイバーのコピーを作るときに機能を少し強めた、と言うのは言ったな。無論武器もそうだ……」

 高岡が笑いながらに言う。
 ソルブレイバーは一発目を発射した姿のままで動こうとはしない。二発目の発射もしない。
 まるでソルジャンヌが立ち上がるのを待っているかのようだった。

(ど……どうすれば……)

 床に倒れ伏したままソルジャンヌは固まった。
 絶望的な状況にさらに上書きでもするように絶望的な状況が重なっている。
 先の事など何も考えられない。
 何をやっても現状を打破できるとは思えない。
 このまま自分は敗北の道を転げ落ちてゆくしか――。

(違う……絶対違う……)

 諦めかけた彼女の心にふと、ソルブレイバーやソルドーザーの姿が浮かんだ。

(……みんな……)

 まだ仲間がいる。
 交信はできなくても繋がりあっている戦友がいる。
 ソリッドスーツはまだ持ち堪えられる。
 仲間がソルジャンヌの危機に気付き、今に助けにくる。絶対に!

(みんなが来るまで持ち堪えてがんばれば……)

 そう思った瞬間、倒れこむソルジャンヌのすぐそばの床が爆発した。

「きゃっ!」

 ソルジャンヌはその衝撃と避けようとする動きで床を転がった。

「……くっ!」

 転がり止った所でさっきまで倒れ伏していた所を見る。
 そこは衝撃を受けて破壊されて穴が開き、ぶすぶすと焦げ臭い煙を上げていた。

「ようやく起きたか。動かないと遊びにならないからな……」

 高岡が言う。
 ソルブレイバーを見るとケルベロス―△の頂点を床に向けて立っていた。

「遊び……じゃない!」

 ざり、っと砕けたコンクリートの破片を踏みしめてソルジャンヌがゆっくりと立ち上がった。
 非道な高岡への怒り、仲間を信じる心。
 それらが傷つくソルジャンヌに力を与え、しっかりとした足取りで彼女を立ち上がらせていた。

「高岡! あなたの好きなようにはさせない……絶対……絶対ソルブレインはあなたを逮捕する!」
「威勢が戻ったな。まあ、いい。それもこのソルブレイバーを倒してから言って欲しかったな」

 余裕の笑みを見せながら高岡が言う。そして、視線でソルブレイバーからソルジャンヌに狙いをつけろと促した。
 次の瞬間、ソルジャンヌが横に飛んだ。
 同時に背後で爆発音と爆風が巻き起こった。
 それにも彼女はさっきまで見せた動揺を浮かべず、さっと鮮やかに床を回転して立ち上がった。

(ヤツの攻撃から避け続ければ……時間も稼げるし、ヤツのエネルギーも消耗できる……)

 絶望的な状況下で唯一の光明、仲間。
 仲間が来るまでひたすら時間を稼ぐ。
 ソルジャンヌにできる最善の、そして唯一の作戦だった。
 幸い、装甲や排熱機構は損傷を受けているがソリッドスーツの運動機構は無傷。普段通りに素早く動く事ができる。

「くっ! たあっ!」

 右に左に。ソルジャンヌは飛び、床を転がりながらソルブレイバーとの間合いを保ちつつケルベロス―△の攻撃から回避し続けた。
 ソルブレイバーは逃げるソルジャンヌに向けてケルベロス―△を発射し続けた。照準を合わせる能力も高く、彼女がいた場所に的確に撃ち込んできている。
 少しでもソルジャンヌの動くタイミングがずれれば確実に直撃する。
 そんな紙一重をソルジャンヌは続け、飛び、転がりながら対峙を続けていた
 ソルブレイバーのエネルギーが切れ、仲間が駆けつけるまで。

「えいっ! ……とおっ! ……くっ!」

 数発、十数発、数十発。ケルベロス―△からは何度も発射が繰り返される。
 ソルジャンヌはその度に攻撃を回避していた。だが、心に若干の疑問が浮かんだ。

(おかしい……エネルギーを気にしている素振りもない……)

 ソルブレイバーは淡々と、乱射のような調子でケルベロス―△をソルジャンヌに撃ち込んでいる。
 だが、殆どロボットのようなソルブレイバーはともかく、それを見ている高岡の方も余裕の笑みを見せてエネルギー切れを心配する様子がなかった。
 逆に回避する為に運動性能を最高に動き続けるソルジャンヌの方に疲労が浮かび始めていた。
 なぜ? エネルギーの消耗では攻撃を仕掛けないこちらの方が有利なはず。
 マスクの下で玲子の顔に焦りが浮かびだす。

「エネルギー切れでも狙っているのか」

 攻撃を回避して床を一回転してさっと立ち上がったソルジャンヌに高岡が言った。

「……はあはあ……」

 ソルブレイバーに対峙して構えるソルジャンヌの肩が呼吸で揺れる。図星を突かれた動揺は顔面を完全に覆うマスクとその動きに掻き消されていた。
 しかし、高岡はお見通しと言いたげにくくっと笑った。

「無駄だ。言ったろ? ソルブレイバーよりも性能を少し高めてあるとな」
「はあはあ……くっ!」

 高岡がそう言った瞬間、ソルジャンヌは左に飛ぼうと右足を軸足にして踏ん張った。

「!」

 その時、床にばら撒かれたように転がるコンクリートの破片をソルジャンヌの足が噛んだ。ざりっと言う音と共にソルジャンヌの軸足が流れ、飛ぶタイミングが一瞬ずれた。

「きゃあああっ!」

 次の瞬間、爆発音とソルジャンヌの悲鳴が部屋に響いた。
 もうもうと立ち込める煙、コンクリートではない何かが焦げる化学物質臭。
 空気を吸い、臭いを嗅ぎ、音を聞く高岡の口元に不気味な笑みが浮かんだ。

「……痛い……痛いいいいいっ! か……肩……肩が……肩があ!!」

 ソルジャンヌは右肩を押さえながらコンクリートの上をのた打ち回っていた。
 左手で押さえる右肩にはあるはずの真紅の装甲はなかった。代わりに砕かれて破片となった装甲が彼女の周囲に散らばっていた。
 装甲に守られていた黒い強化スーツは熱で溶かされたように破れて化学物質臭と黒い煙が上がっている。破れたそこからはソリッドスーツの内側の回路が剥き出しとなり、千切れたコードが火花を上げて何本もスーツの外に出ていた。その間からは玲子のただれた肌まで見える。
 そして、その肩は意思で動かす事はできず、押さえる左手で骨の感触を得る事はできなかった。

 『右上腕装甲完全破壊、右上腕強化回路切断、装着者右肩甲骨、右鎖骨、右上腕骨折』

 ソルジャンヌのバイザーに警戒情報が映し出されていたがそんなメッセージを見る余裕はない。今まで感じたことない激痛にただのたうち回るしかなかった。

「出力をもうちょっと強めていればその右腕を丸ごと吹き飛ばせたものを」

 激痛と利き腕が動かない絶望的な状況にただ悲鳴を上げてのたうち回るソルジャンヌを見下しながら高岡が笑って言う。
 そして笑いながらにさらに続けた。

「まあいい。次はそうだな……チャンバラ遊び、とでも行こうか」


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