戦友と共に act 02
「な……何を……」
高岡の言葉にソルジャンヌが身構えてソルブレイバーを見た。
「えっ」
しかしそこにソルブレイバーはいなかった。
どこ、と探そうとしたその時、バイザーに映るレーダーの画像が影を捉えた。が、その瞬間、
「ぐわああっ!」
ソルジャンヌがサッカーボールのように突然コンクリートの床を転がった。瞬間的に顔面を守るようにクリンチの姿勢を取ったまま、自分で止まることなどできず、勢いのままに全身を叩きつけられた。
「うう……」
真紅のソリッドスーツが埃に塗れて白くくすむ。
「く……う……」
損傷しているとは言えソリッドスーツはまだ健在。床を転がり、叩きつけられて少々の衝撃とダメージを感じたが玲子の体に負傷はなかった。
しかし、バイザーに映し出されている状況は楽観できるものではなかった。
「……これ以上は……」
顔面を守った肘から下を包み込む赤い装甲はソルブレイバーの足の甲の形にくぼみ、無数のヒビが入りぱらぱらと小さく赤い破片が零れ落ちた。
バイザーにはこの損傷を含めて叩きつけられて生じた損傷の状況が次々と報告されていく。
さらに。ソリッドスーツの耐久度の低下を示すアラームも点灯を始めた。
「く……でも……負ける訳には……」
ソルジャンヌはよろよろと立ち上がろうとした。固いヒールか不規則に鳴り、手を突きながら遠のきそうな意識の中でゆっくりと。しかし、
「ぐああっ!」
立ち上がりかけた瞬間、またソルブレイバーに蹴り飛ばされた。
今度は上に向かって蹴り上げられ激しく天井に背中から打ちつけられた。そしてすぐに重力に導かれて頭から落下していく。
「あぐっ!」
しかし、ソルジャンヌは脳天から床に落下する事はなかった。
床まであと少しと言うところでソルブレイバーがソルジャンヌの後頭部をサッカーのボレーシュートのように蹴ったのだった。
金属が激しく衝突しあう鈍い音が響き、ソルジャンヌの意識がその衝撃によって一瞬、飛ぶ。
「ぐはあっ!」
ソルジャンヌは宙でぐるっと回転、背中から床に叩きつけられた。
「きゃああっ!」
その瞬間、ソリッドスーツの背中が小爆発を起こした。
「そん……な……」
バイザーにはさらに新たな損傷状況が報告される。
マスクの後頭部損傷、亀裂破損、頭部、頸部、背部回線の部分破断、背部機構破壊……。
特に背部機構の8割は破壊で機能停止、装甲の損傷も激しくこれ以上の活動は危険と言うアラームが目に付く。
「……どうすれば……」
ソルジャンヌは逆転の術を考えた。
この圧倒的な戦力差、損傷したソリッドスーツ、叩きつけられても崩れない厚いコンクリートの壁に包まれたこの部屋――。
何パターンもの可能性、実行可能な作戦を素早く考えた。
しかし、どれも無意味。この状況を打破し脱却するような物ではなかった。
「くっ!」
そんな中でも逡巡している余裕はない。
ソルブレイバーが動く前にソルジャンヌが動きだした。ソルブレイバーは動かず、ソルジャンヌを目で追う事すらしなかった。
彼女は動きながら赤色の四角い物を取り出した。
それはソルブレインの警察手帳兼通信機器のインジケーター。
「ソルブレイバー! 応答し……ああっ!」
仲間に救援を求めようとしたが、繋がったかどうかもわからない状態でその動きは封じられた。
全速力で走っていたにも関わらず、軽く走るソルブレイバーに追いつかれて手にしていたインジケーターを叩き落されたのだった。
かしゃん、と勢いよく床を転がり、滑るインジケーター。
「くっ!」
ソルジャンヌは拾い上げてなんとか連絡をと転がったインジケーターに飛びつこうとした。
しかし。
「ああっ!」
ソルブレイバーがその先にインジケーターのそばに立った。そして、次の瞬間、ソルジャンヌの目の前でそれを踏みつけた。
「……イ……インジケーター……」
ぐしゃっと言う音と共に赤や黒の破片が飛び散り、ソルジャンヌに当たった。
彼女は呆然と立ったままでその様子を見ていた。
「そ……んな……」
ソルブレイバーが足をどかす。
そこには踏み砕かれて原型を留めていないインジケーター。
彼女に残された命綱のインジケーター。それが無残にも断たれた、その残骸だった。
「う……そ……ぐふっ!」
ソルジャンヌの意識が粉々にされたインジケーターに集中したその時、ソルブレイバーが再び彼女の至近距離に瞬間移動。いきなり装甲のない彼女の腹に一発膝蹴りを見舞った。
「げほっ! げはあっ!」
柔らかなソルジャンヌの腹に装甲と特殊ゴムに覆われたソルブレイバーの膝がめり込んだ。
その瞬間、くの字に折れ曲がったまま床に崩れたソルジャンヌ、いや、装着者の玲子の胃が押し潰された。
胃から押し出された胃液は一気に食道を逆流、反射的に開いた口から密閉されたマスクの中に吐き出された。
「げほっ! げほっ……うう……」
四つんばいになり、何度も咳き込みながら胃液は吐き出された。ソルジャンヌのマスクの中をそれは飛び散り、口元をべとべとに濡らす。
「う……げほっ……うう……あ……はあ……はあ……はあ……」
胃液の刺激臭と刺激。損傷したソリッドスーツ。絶対的戦力差。絶たれた救援。
今まで幾たびのピンチを乗り越え、諦めずにピンチに挑み、戦って脱してきたソルジャンヌ。
だが今は諦めさせない希望はなく、ただ絶望だけが広がっていた。
ソルジャンヌは四つんばいのまま肩を揺らし、胃液に塗れたマスクの中、絶望的な数字ばかりを映し出すバイザー越しにコンクリートの床を呆然と見ていた。
「なんだ。全然ダメではないか。口ほどにもない」
その時、やや飽きた口調で高岡が言った。
高岡は失望をした時に吐くようなため息を一つつき、肩で息をしながら立ち尽くすソルジャンヌを見下ろした。
もう高岡を逮捕する、と言う勇ましい台詞を言うだけの希望もないソルジャンヌはその言葉をただ俯いたままで聞いていた。
「そろそろサッカー遊びはやめにしよう」
そんなソルジャンヌに軽い憐憫の眼差しを向けながら高岡が言う。そして、ちらりとソルブレイバーに視線を向けた。
「次は……そうだな。火遊び、と行くか」
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