戦友と共に act 01

「一体、どこに……」

 ソルジャンヌは廃工場の中を慎重に回りを警戒しながら歩いていた。
 港の廃工場周辺で遊ぶ子どもがよく行方不明になる。
 そんな通報を受けたソルブレインはただの失踪ではなく背後に何かがあるのではと考え、ソルブレイバー、ソルドーザー、そしてこのソルジャンヌを廃工場に派遣した。
 工場はかなり広い。三人は手分けをして中を探る事にし、ソルジャンヌも単独で子どもの捜索をしていた。
 がらんとした工場、破れた屋根から漏れる日光にソルジャンヌの赤い装甲とエナメルの光沢を持つ黒とシルバーの強化スーツが輝き、彼女のヒールの足音だけが辺りにやけに響く。
 バイザーにはソリッドスーツが分析し、解析したデータが次々と映し出される。しかし、どのデータも周囲360度に生命体の存在なし、ソルブレイバーやソルドーザーかれの情報もなしと空振りのような結果ばかりだった。

「……?」

 そんなデータに心の中で舌打ちをしたその時、不意にソルジャンヌは歩を止めた。
 彼女の脇には廃工場にしては歪みや錆びの少ない扉がある。彼女はそのドアに近付いてそっと顔を近付けた。だが、中から何の音も聞こえない。

(生体反応は……)

 扉越しに生命体の存在を確認しようとしたが、その扉や壁が特殊な素材でできているせいなのか、バイザーには「解析不能」の文字が浮かんだ。
 ソルジャンヌはそっとそのドアに手をやった。すると「きい」と高い音を立てて蝶番が緩んだ木のドアのように軽く開いた。

(これだったら子どもでも開く……ひょっとしたらここに……)

 彼女はそう思うと、ドアの向こうの暗がりへと入っていった。
 中に2歩、3歩と歩を進めたその時、

「えっ!」

 急にドアが勢いよく閉まった。その音にソルジャンヌは振り向いた。その瞬間、突然部屋の明かりが全て点いた。

「ようこそ。ソルジャンヌ」

 明かりが点くと低い男の声が響いた。ソルジャンヌは振り返って声の主を捜す。
 声の主はその存在を知らしめるかのように彼女を見下ろす高い足場の上にいた。
 彼を見つけた瞬間、彼女はあっと短く声を上げてそれっきり言葉を失った。

「た……高岡! あなたは死んだはず……なぜ……!」

 その男はさる事件で復讐鬼と化したが、ソルブレインに阻止され、それ以来ソルブレインに敵意を持ち、その壊滅を目論むようになった天才科学者高岡隆一だった。
 しかし高岡はそれが果せず、毒を飲んでソルブレインの隊員の前で死んだ。それなのに、今ソルジャンヌの前に立っている。彼女にはそれが信じられなかった。
 高岡は口元に機械のような冷たい笑みを浮かべた。

「私にかかればそっくりの人間を作り出す事など造作もない。あれは私と似た体格の男に成形手術を施し、私の全記憶をコピーした人間だ。無論、毒を飲むようにも仕組んでおいた」
「何て事を……じゃあ、子ども達が失踪したのは!」

 ソルジャンヌは身構えながら怒りを帯びた強い口調で訊くと、高岡はつまらん事を訊いてと言いたげにふっと短く息を吐いた。

「……有効に使わせてもらったよ」
「……子ども達を……」

 ソルジャンヌは怒りで身が震えた。科学者の彼が「有効に使わせてもらった」のだから、子ども達がどうなっているか、彼女には容易に想像がついた。そして彼女はカフスロックを取り出し、高岡に向かって見せ付けるように突き出した。

「高岡隆一、今度こそあなたを逮捕するわ!」
「ソルジャンヌ一人で?」

 高岡は嘲るようにそう言ってさらに続けた。

「お前のソリッドスーツは救護用のライトタイプ。私を逮捕する事などできないだろう」
「くっ……」

 ソルジャンヌはマスクの下できゅっと下唇を軽く噛んだ。高岡の言う通りソルジャンヌは救護用。格闘や戦闘をするためのスーツではない。
 通常ならばインジケーターでソルブレイバーなどに一報を入れるのだが、彼女はそれを思い止まった。

(みんなをここにおびき寄せて……何かを企んでいるかも……ヤツならそれくらい……)

 彼女はそう思うと高岡を見据えたまま続けた。

「私はソルブレインの隊員よ! 一人で犯人逮捕ができないなんて事はないっ!」
「そうか……その実力で……面白い。実に面白い。本来はソルブレイバーを片付けてから、と思って用意したのだが……面白い。ではこいつを倒してから私を逮捕するんだな」

 高岡がそう言うと「がし」と地面を踏みしめる音が部屋に響いた。ソルジャンヌは音のした方を振り返った。

「ソ……ソルブレイバー!?」

 彼女は我が目を疑った。
 そこにいたのは色、形、大きさ、全てが見慣れたソルブレインの中心、ソルブレイバーだった。
 驚くソルジャンヌに高岡はふっと小さく笑った。

「そのソルブレイバーのソリッドスーツはこれまでの戦闘で得た戦闘能力、運動能力、さらに装備や武器のデータを利用して作った。今まで私もただ負けていた訳ではない……しかし、それだけではない」

 高岡はもう一つ笑い、続けた。

「能力は全てソルブレイバーの上を行くように改良した……さらに、これを装着しているのは私が改造した強化人間。ただの人間がソリッドスーツを装備した位では……敵う相手ではない」
「……所詮、偽物じゃない……偽物なんかにソルブレインは負けない!」

 ソルジャンヌは恐れる素振りも見せず目の前に立つソルブレイバーに言い切った。すると高岡は哀れむような軽い笑いを彼女にぶつけた。

「そうか……ロクに戦闘もできないソリッドスーツを着てよく言うな……ソルブレイバー、やれ」

 高岡がそう命令を下すとソルブレイバーはソルジャンヌに向けてゆっくりと歩を進めた。それに対してジャンヌは身構えてバイザーの下からソルブレイバーを睨んだ。

(ギガストリーマーは持っていない……足の長い武器はケルベロス―Δ(デルタ)のレーザーだけ……それに警戒して接近戦に持ち込めば……)

 ソルブレイバーとソルジャンヌの距離がどんどん縮まる。そして距離が2mほどになったその時、ソルジャンヌが動き出した。

「はっ!」

 彼女は地面を蹴り、右のパンチをソルブレイバーのマスクに繰り出した。
 ガキッ、と鈍い金属音と共にソルジャンヌのパンチは確実にソルブレイバーの右頬に入った。しかし、ソルブレイバーは彼女のパンチを避けようとも防ごうともしなかった。

「……くっ!」

 ソルジャンヌのパンチはソルブレイバーにダメージを与える事はなく、逆に彼女の右手に鈍い痛みが走った。彼女はすぐに後ずさりをして再び距離を取った。
 マスクの下の表情が痛みでゆがむ。

「言っただろ? そのソルブレイバーは全ての能力を改良し、強めてあると」
「くっ……」

 ソルジャンヌはさっとソルブレイバーから離れて間合いを取った。
 そして、彼女がソルブレイバーを睨んだその瞬間、目の前からソルブレイバーが消えた。

「えっ……うぐはあっ!」

 ソルジャンヌが驚きで一瞬力が抜けた瞬間、突然背後から鈍い音と共に強烈な力で背中を打たれ、数mふっ飛ばされた。
 そして何が起きたのかわからないままさらに地面を転がり、壁にぶつかってようやく止まった。

「う……ぐ……」

 ソルジャンヌは顔を上げるとさっきまで立っていた位置の背後にソルブレイバーが立っていた。

(そんな……後ろに回ったのが見えないなんて……)
 
 レーダーも全く捕捉できず、バイザーにソルブレイバーの動きが映し出される事もなかった。
 そのデータの代わりに異常事態を伝える画面がバイザーに映し出された。

(『クラリフィケーター破損、使用不能』! そんな! 一撃で破壊されるなんて!)

 クラリフィケーターは彼女の背中にある空気の浄化装置。今まで破壊はおろか故障すらない。それがただの一撃で――。
 ソルジャンヌはソルブレイバーのパワーに怯みかけながらも、ゆっくりと立ち上がった、その刹那、
 
「きゃあっ!」

 立ち上がった瞬間、ソルジャンヌはまたいつの間にかすぐそばまで接近したソルブレイバーに右の上腕を払うように蹴られた。再び数m飛ばされて、土埃と共に地面を転がる。
 衝撃吸収剤である程度は衝撃を和らげれてはいる。しかし、瞬間的に意識を飛ばすほどの、ソルブレイバーのキックと地面に叩きつけられた衝撃はしっかりと彼女の体にある程度のダメージを与えた。

「うっ……う……」

 衝撃と痛みにくらくらしながら再び立ち上がるソルジャンヌ。そのバイザーにはまた違う異常事態が映し出されていた。

(『右上腕装甲破損』……?)

 彼女がそっとソルブレイバーのキックが入った右上腕の装甲に手をやる。女性らしい丸みを帯びた肩の装甲が陥没し、そこから放射状に幾筋ものひびが走っている感触がグローブ越しに感じられた。

(……ソ……ソリッドスーツが……こんな簡単に破壊……されるなんて……!)

 ソルジャンヌは立ち上がろうと顔を上げてソルブレイバーを見た、その時、

 悲鳴を上げる間もなく、ソルブレイバーに胸を蹴り上げられサッカーボールのように高々と宙に舞い上げられたた。

「ぐはっ!」

 今まで地面に全身を打ちつけられた時よりも強くソルジャンヌは背中から地面に叩き付けられた。丸みを帯びた胸部だが、キックが入った所は右上腕の装甲同様陥没している。

(『胸部装甲破損、背部装甲破損』…………こ……このままじゃ……)

 ソルジャンヌは苦しそうにうつ伏せになりよろめきながらゆっくりと立ち上がった。
 ソルブレイバーは今までのようにそばにはいない。

「ど……どこっ!」

 彼女は必死にソルブレイバーを探そうと激しく辺りを見渡した。
 すると、ソルブレイバーが3mほどの間隔を置いて彼女の横に立っていた。
 はっと彼女がソルブレイバーの方を向いて身構える。
 右肩の装甲、胸部装甲、背中の装備が破損ないし破壊されて既に手負となっているソルジャンヌがソルブレイバーを睨む。

「どうだ、効くだろ……楽しみはこれからだ」

 そんなソルジャンヌを見ながら高岡が笑ってそう言っていた。

▽次に進む  △前に戻る △TOPに戻る