戦友と共に act 00

「…………あ……い、痛っ……」

 窓もない、しかしなぜかうっすらと明るい廃工場の一室。
 その片隅の壁に持たれかかるようにして地べたに座る樋口玲子、いやソリッドスーツを装着したソルジャンヌの姿があった。
 閉じていた目をゆっくりと開く。肩、足、背中……全身から部位によって質の違う痛みが彼女を嬲るように襲い始める。

「くっ……えっ……バイザー……」

 全身の痛みがふと、緩まる。彼女の視界は右半分が真っ黒、左半分が沈黙している廃工場の姿がそれぞれ映っていた。
 痛みの少ない左腕を動かし、ソルジャンヌの顔面を守る通光性強化セラミック製の黒いバイザーを触れた。
 廃工場の視界が広がる方、左側にバイザーは存在していない。右側には存在していた。しかし、それも蜘蛛の巣状にヒビが入り、軽く触れただけでぱらぱらと黒い破片となって彼女の太ももに落ちた。

「こん……な……」

 ありえない。幾度の衝撃や攻撃に耐え、彼女を守ったバイザーが無残にも砕かれている。
 それだけではない。口元に装備したシルバーのレスピレーターもなくなり、彼女の傍らにひしゃげて落ちていた。左肩からはレスピレーターと繋がっていたパイプが死んだように垂れ下がっていた。
 マスクが徹底的に破壊されている。
 
「……夢……」

 そうであってほしいと言いたげに呟く。
 しかし、そうはならなかった。
 夢だとしてもそれを現実に引きずり込むように疼き、蠢く右肩の痛み。彼女はうつろな目でそこを見た。
 そこに彼女の上腕を守るべき真紅の装甲はない。
 黒くエナメル状に輝く強化スーツが裂け、裂け目からは人工筋肉がむき出しとなり、千切れたコードが何本も飛び出ていた。その間から焼け爛れた自分の皮膚も垣間見える。
 左手で右肩を触り、右腕を動かそうとする。

「うあっ!」

 全く動かない。物凄い痛みだけが走る。

 折れている、いや、砕かれている。

 痛みから彼女は思い、左手をそっと床に置いた。
 そして諦めたように別の痛みが起きる発信源にやった。
 装甲に守られていない強化スーツのみの腹部や大腿部。
 シルバーと黒の強化スーツは何箇所も切り刻まれ、幾筋もの裂け目があった。そこから右肩と同様、人工筋肉と無数の切れたコードが剥き出しになっていた。

「……う……そ……」

 今まで幾重の灼熱の炎や爆発から玲子を守ってきたソリッドスーツ。
 装備品、と言うよりも数々の危機を共にした戦友。
 そのソリッドスーツが無残に破壊され、装着者である玲子も深刻なダメージを受けている。
 玲子は目を閉じてうつむいた。

 夢。これは夢。
 目を開ければきっと普通の、市民の安全と平和を守る正義の味方、ソルジャンヌとしてここにいるはず。

 そう思って再びゆっくりと目を開ける。

「あ……ああ……」

 彼女の視界は変わらず右半分が真っ黒。そして、左半分には、彼女の膨らんだ胸が写った。
 様々なコンピュータが詰まり、ソルジャンヌとしての動作を司る、文字通りの心臓部。
 真紅とシルバーの二色に彩られたソリッドスーツを装着した、女性らしい丸みを帯びた装甲の胸部ソリッドスーツ。
 しかし、それもあちこちが陥没、ひしゃげ、ひびや割れ目が入っていた。
 さらに右胸の下から左胸全体にかけては決して開かない蓋を力ずくでこじ開けたかのように装甲の外殻が捲られていた。
 捲られたそこからはコードやその束、全く機能しなくなった基盤、電子部品などが引っかき回されたように引きずり出され、全てがだらんと絶望的に垂れ下がっていた。

「…………」

 彼女は何も言わない。声も音も出せない。
 美しく、それでいて強靭な無敵の戦友。
 そんなソリッドスーツの姿しか知らない彼女にとって今の無残な戦友の姿は受け入れがたく、まるで自分の肉体が引きちぎられているような感覚を覚えた。
 そんな絶望に何も出ないソルジャンヌに取って代わるように彼女の左手からかちゃり、と金属音がした。
 手首にはソルブレインの手錠、カフスロックの片側ががっちり食い込んでいる。
 ソルジャンヌはポツリと呟いた。

「……夢じゃ……なかった……の……」

 
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