2.6月12日−部屋〜ベッド−

「きゃっ!」

 麻衣子が甲高い声を上げ、敬礼で開いていた右脇を慌てて閉めた。
 後ろに回った彼が麻衣子の開いた右脇から手を伸ばし、彼女の右胸に掌を置いた瞬間だった。

「な、なにするの! やめなさい……見るだけでしょ!」

 腕と脇で彼の腕を締め、女性らしく膨らむ制服の右胸に伸びた彼の手を左手で掴む。そして肩越しに彼へ婦人警官らしい、強く厳しい眼差しを向けて強く言った。
 口調も眼差しも完全に婦人警官のそれ。制服を着用しただけであの沈んでいた万引き娘がここまでに切り替わるものか。
 そんな眼差しと口調を受けても彼の笑みが凍りつく事はなかった。それどころか彼女を見るとくすっと笑った。

「見るだけとは言ってませんよ」
「こんな事……許されない事よ……わかってるの?」
「わかってます。強制わいせつと言うやつですよね」

 彼はそう言うと鷲づかみにされた右手の指を全て動かし、制服の上から徐々に麻衣子の乳房を歪める。

「わかってるならやめなさい……あなた……逮捕されたいの?」
「窃盗した人に言われたくありませんね」

 そっと麻衣子の耳元で彼が囁いた。彼女の左手がぴくっと僅かに動き、少しだけその力が抜ける。
 彼はもう一つくすっと笑うと耳元で囁き続けた。

「確か強制わいせつは……6ヶ月以上10年以下の懲役、でしたっけね。でも、石橋さん、いや、石橋巡査のした事は……」
「…………」
「10年以下の懲役または50万円以下の罰金……大して変わりません」

 彼の右手がぐぐっと制服の金ボタンを道連れにして麻衣子の右胸に沈んでいく。
 その手を掴む麻衣子の左手と右脇からは徐々に力が抜けていき、彼に向けていた強い眼差しも厳しい表情も俯いて切られた。
 彼は自分の体を麻衣子に寄せ、抱き抱えようとするように彼女の背中に密着させた。

「そんなことをしても石橋巡査はお金を払ったり懲役刑に処せられたり、あるいはこの制服を二度と着られなくなったりすることはないのです。この一ヶ月、僕と過ごしてくれるだけでね」
「で、でも……いけないことはいけない……わかって……反省しているから……」
「目の前で犯罪を犯した人が『反省している』って言うだけで許してくれるのですか……石橋巡査は優しい婦警さんですね」

 彼が漏らしたような笑みの吐息を麻衣子の首筋にかけた。そして、すっと彼女の右胸に置いた手の力を緩めた。

「冗談……冗談はやめなさい……ね? あ、あなたのしていることは……脅迫……よ……」
「今度は脅迫ですか……でも」

 彼が手の力を緩め、彼女が彼の手を掴む手の力が抜けた刹那、さっと左手が動いた。

「きゃあっ! やだっ!」

 彼の左手が制服の上着の袂から白いシャツの上に滑り込み、麻衣子の乳房の上に乗った。そして、ぎゅっとインナーとブラ越しに強くそのふくよかな乳房を握った。
 麻衣子は慌てて彼の右手から手を離し、彼の滑り込まされた左手の手首を掴んだ。彼の手首に伝わる手袋の柔らかな感触と強い締め付けが彼にとって少し気持ちよく感じられる。

「僕は何か命令するとかあのビデオをどこかにばらまく、なんて一言も言ってません……全部石橋巡査が僕にしてくれているだけです」
「でも、こんな事まで……やめなさ……うう……やめて!」
 
 体をよじらせて彼の手を自分の胸から引き離そうとする麻衣子。しかし、彼の手は吸盤でも着いているかのように彼女の胸に密着して離れない。むしろ、彼女が体をよじらせる度に彼の指が彼女の乳房に食い込んで行き、揉みほぐすように蠢いた。

「離して! こんな……こんなの……私は……けいさ……」

 無意識に開いた口からこぼれかけた言葉。麻衣子は途中で言葉を切って飲み込んだ。そんな彼女に彼はくすくすっとくすぐるように笑った。

「警察官、ですよね。石橋麻衣子巡査……でも……それ以前にあなたは万引きをした石橋麻衣子さんと言う女性なんですよ……」
「言わないで! 言わないで! お願い!」

 制帽を振り落とそうとするように首を激しく左右に振る麻衣子。上げる声も今まで以上に強く、大きく、悲鳴のように聞こえた。
 そんな彼女を愛しそうに彼は後ろから引き寄せてさらに強く抱きしめた。

「離して!」
「石橋さん。こうなるのも貴方の選んだ選択。自分で選んだ事に駄々をこねるのはみっともないですよ」

 悲鳴の様な声を上げる彼女に対して彼は落ち着いた物。そっと栞でも本に挟み込むような調子で囁いた。

「そんなの……そんなの……あ、あなたが……」
「種をまいたのは自分でこうなるのを選択したのも自分です。自己責任ってヤツですね」

 彼の言葉と同時に彼女の体がくの字に折れた。上体を倒し、彼から離れようとした反射的な逃避行動だった。その時、

「きゃああっ! さ、触らないで!」

 彼女の悲鳴が上がり今度は逆に背を弓ならせた。腰を曲げてお尻を突き出したような恰好になった麻衣子のヒップに彼の空いた右手が置かれたのだ。
 紺色のスカートに包み込まれた女性的で優美な曲線。彼はそのラインと弾力を楽しむように掌全体で撫でた。慌てて彼女の右手が後ろに回って彼の右手首を掴む。すると乳房の上の彼の左手の動きが強く、激しくなった。

「やめて……やめてこんなの! 私はそんな女じゃない!」
「どんな女なんでしょう。万引きした婦警さん」
「嫌あっ! 言わないで!」

 ヒップ、バスト、ハート。
 彼に三カ所を同時に突かれて攻められた麻衣子は錯乱でもしたように悶え暴れた。激しく動く彼女を彼は抱きしめて拘束し続けた。
 暴れる彼女にも怒ったりせず、むしろ生きのいい新鮮な魚でも見るかのような笑顔で見つめて麻衣子の体の弾力を味わっていた。

「落ち着いてお話しましょうか」

 彼は暴れる麻衣子を抱いたままで部屋を移動した。そして、

「きゃっ!」

 部屋の中程で突然麻衣子を放り出した。麻衣子は勢いでそばに倒れ込む。倒れ込んだそこは、ダブルベッドだった。

「な……や……やめて……」

 スプリングの効いたベッドの上に倒れ込んだ麻衣子。彼の手から離れた安堵感もなく、婦人警官然とした凛とした表情と不安に怯える表情を同時に見せていた。

「こ……これ以上は……ご、強姦は重い罪よ……男が思っている以上に……」

 ベッドに倒れ込んだ麻衣子は不安が多くを占めつつある眼差しを彼に向けながらベッドの上の後ずさった。右手で太ももどころか膝小僧すらも隠そうとスカートの裾を引っ張り、左腕で制服の上から乳房を守ろうとそれを隠した。

「強姦なんかしませんよ……無理矢理女性を犯すのはナンセンスですし」

 相変わらずの笑み。彼はゆっくりとベッドに歩み寄り、彼女に近づいた。

「近づかないで! もういいでしょ! もう十分でしょ!」
「まだしゃべり足りませんよ」

 彼はそっとベッドに乗り、倒れ込んでこちらを見ている彼女に覆い被さるように迫った。

「ベッドの上で色々お喋りしましょう。お店で話せなかった事とかね……」

 そっと彼女のスカートが被さった太ももに手を置いてすうっと滑らせる。

「その制服姿の石橋麻衣子巡査に、ね」



「やめて……いやだ……」

 ベッドの上でもぞもぞと悶えるように動く婦人警官の制服をまとった麻衣子。
 その麻衣子に蔦のように絡みついて制服を纏った体を掌で味わう彼。彼は制服の上から麻衣子の乳房やヒップ、太ももを掌で撫で回し、掴み、揉んだ。

「石橋巡査……」
「そ、それやめて……私……今は……」
「警察官の石橋巡査でしょう。万引きをしても、それを隠す約束の為に制服を持ち出していても」
「………………」

 彼の言葉に返事はない。麻衣子は顔を顰め、下唇をきゅっと噛んで耐える表情を浮かべていた。
 しゅるしゅるっと制服が奏でる掌との擦れる音がやけに部屋に響く。
 彼は返事のない麻衣子にくすっと笑ってその顔を見た。

「石橋巡査、ストレスが原因であんな事をしたって言ってましたね」
「……そ、そうよ……言ったでしょ……だ、だからもう……」
「そんなにストレスの溜まるお仕事なんですか? 婦人警官って」
「…………」

 麻衣子は何も言わない。仕事の愚痴や不平不満を外に漏らしたくない、あるいは漏らせないのか。
 彼はふっと哀れむような笑いを僅かにこぼした。

「石橋巡査って……真面目なんですね……」

 麻衣子のバストを揉みほぐしていた手が止まり、その手がそっと彼女の制帽が包み込む頭に置かれた。

「不平不満や愚痴を誰にも悟られずに自分の中に圧縮して……ため込みながら日々お仕事するって……」
「…………」
「普通なら気の合う友達で愚痴りながら発散させたり、楽しいことをや自分の好きなことをやってぱーっと晴らすのに」
「…………」
「そう言うこともせず……いや、できないのかな? よくそんな状況で警察官って仕事を続けられますね……」

 彼の手が麻衣子の制帽を撫でる。彼女を労うように優しく、愛しく。

「万引きをしようって思ったのも無理もないかもしれませんね……そんなストレスの溜まる物、全部ぶっ壊してしまおうって思っちゃうでしょうし」
「…………あなたには……絶対にわかんない……」

 頭に載せられた手を振り切るようにぷいと首を横にして麻衣子はぽつりと言う。

「ただでさえ警察官は憎まれ役なのに……私が女だからってだけで余計に文句を言ったり突っかかってきたり……」
「…………」

 今度は彼が黙りこく。反対に今まで締め切られていた彼女の口が開き、そこから言葉が止めどなく漏れてくる。

「でも、他の男はわかんない……私がどれだけ男以上に酷いことを言われて、どれだけ耐えているか……男以上に頑張っているのに……」
「…………」
「誰も私を労ったりしない……私を気遣ってもくれない……私は……私は……」
「それを言う相手もいないのですか」

 制帽から離れた手がそっと彼女の首筋を撫でる。

「ひやっ!」

 短い悲鳴を上げて麻衣子が背中を弓ならせた。どうもそこが弱い部分らしい。
 麻衣子はかあっと肌を赤く染め、彼に背を向けたままで続けた。

「……いる訳ない……でしょ……署内で女性警察官は私だけ……同期も私だけ……私が男だったら……」
「たくさんいる男でも一人くらいは言える人がいるのでは?」
「いない……男はみんな私を警察官、じゃなくて職場の女の子としか見ていない……私の話を真面目に聞いてくれるなんか……」
「可哀想ですね」

 きゅっと優しく彼女を後ろから抱き寄せる。彼はそっと顔を彼女に寄せると耳元に口を寄せた。

「そんなのでは万引きに走るのも……無理はないですね」
「えっ」

 強張ったようになっていた麻衣子の全身からふと、力が抜ける。彼は耳元でさらに続けた。

「石橋巡査は今まで彼氏がいたことは?」
「……あ、あなたには関係ないでしょ」

 背を向けているが麻衣子がむくれているのが分かる。彼は微笑んで制帽から流れ出ている彼女の髪をそっと撫でた。

「いないのでしょう。今まで一回も……と、言うか男性を好きになる事もなかったのでは?」
「…………」
「石橋巡査にはストレスの原因が3つあります……原因がそんなにあったら並大抵の方法では解消されないでしょう」
「原因……」

 警戒の塊のようになっている麻衣子。だが、原因と言う言葉に警戒が抜けて空白のような物が生じた。そして、肩越しにちらりと後ろを見た。
 疑問を抱えたようにも見えるその眼差し。彼は彼女を安心させようとにこっと笑った。

「一つは仕事のストレス。憎まれ役って言いましたけど、憎まれ役やってストレスたまらない人なんかいないでしょう」

 彼の手がそっと麻衣子の頬に乗る。

「もう一つは孤立のストレス。人間なんて一人じゃ何もできません。本音を言えるような人が一人もいないのではストレスも溜まるでしょう」

 つつっと優しく麻衣子の頬を撫でる。彼女はぴくっと体を震わせて軽く顔を背けさせようとする。

「そしてもう一つは……女性のストレス。なぜか知らないですけど、石橋巡査、いや、石橋さんは男の人に女性として見られたくないみたいですね……女性としての弱さ、あって当たり前の弱さをすら見せたくないって」

 彼の手に軽く力がかかり、麻衣子の顔を肩に向けさせる。

「そしてそれが一番のストレスの原因……そりゃそうでしょう。見せたくなくても見える物なんです。それは……」
「えっ」

 麻衣子の横顔が彼の正面に来た、その瞬間、彼の顔が彼女の肩越しの視線から消えた。そして、

「んっ!」

 不意に彼の顔が麻衣子の正面に回り込み、その唇と自分の唇が重なり合わされた。
 唇に感じる弾力と温もり。
 麻衣子は顔を背けて彼を引き離そうと突き押した。

「んはっ……な、何をするの!」

 唇はあっさりと外れた。顔を紅潮させて息を整えた麻衣子は再び彼を睨んだ。彼はそんな彼女にふふっと小さく笑った。

「石橋巡査は女性、婦人警官ですからね」
「女だと……私を女だと思ってからかわないで!」

 今まで以上に強く熱い眼差し。彼はそれを浴びながら小さく頷いた。

「からかってません。貴方を女性として扱っているだけですよ……男として」
「それが……それが女を見下しているの!」
「そうじゃない。尊敬してますよ。女性として」

 彼が微笑みながら続ける。

「そんなストレスの溜まる所で日々僕たちの為に働いているんですからね……しかも自ら望んで警察官になって……」
「…………」
「その上誰にも悩みや愚痴をこぼす相手もなくたった一人で……よく今まで頑張っていますね……」
「…………」

 彼はふふっと笑うと彼女をぎゅっと再び引き寄せ、抱きしめた。

「石橋巡査、貴方はよく頑張っていますよ……そんなに自分を追い込む事はないです。それに……女性としても大変魅力的です」
「え」

 厳しい麻衣子の顔が驚きで緩む。彼は彼女を抱きしめながら一つ頷いた。

「いるだけでも困難な環境で頑張る女性……これ以上に魅力的な女性はいませんよ……婦人警官、石橋麻衣子巡査……」
「…………」
 
 麻衣子は何も言わない。彼の言葉に驚きと戸惑いを感じて立ち往生しているように見えた。
 彼はふふっと笑って彼女を抱きしめたままでその耳元に囁いた。

「石橋さんは婦人警官に相応しい女性です……その制服もとっても似合っていますよ」

 彼の囁きに彼女はふいと顔を背けた。

「……嘘よ」

 ぽつりとそう呟きながら。


 彼はその後も麻衣子を制服の上から彼女を味わった。
 制服を脱がせる事も、ボタンを外すこともスカートから手を入れることもなく。制服の彼女を堪能した。

 その間、麻衣子の顔に笑顔はない。
 耐えるようなしかめ面と悔しげな顔。そして僅かな戸惑いの顔。

 彼の表情は変わらない。
 笑顔。ただそれだけ。それが楽しそうか嬉しそうかあるいは意味のわからない笑顔かの違いだけ。

 彼にとってはあっという間、麻衣子には長い間の御休憩タイムが過ぎていった。



「今日はありがとうございます」

 レンタカーがラブホテルの駐車場から出て行く。
 運転する彼が横目で彼女を見ながら言った。

「…………」

 麻衣子は俯いて何も言わない。
 手には制服が詰まったバッグの持ち手。それをじっと見ていた。

「色んなお話が聞けてよかったです」
「…………」
「またお話しましょう」

 彼がそう言った瞬間、彼女はびくっと肩を震わせて彼を見た。

「も、もういいでしょ……これ一回にして……」
「もう会いたくないのですか?」

 彼の反応に麻衣子ははっとして弱々しく首を横に振った。

「あ、いや……お話なら喫茶店でもできるから……その……ホテルとかじゃなくて……」
「……僕はもっと知りたいのですよ」

 彼は信号で車を止めて顔を麻衣子に向けた。

「石橋麻衣子さん、それ以上に石橋麻衣子巡査を、ね」

 彼の言葉に麻衣子は堪えるような顔を見せると、シートに深くもたれ掛かって天井を仰いだ。
 彼は彼女から顔を前に向け、信号が変わるのを見ると車をゆっくりと発進させた。

「まだ1ヶ月あるんです。色々とお話ししましょう」

 彼の言葉に麻衣子は頷く事も出来ず、婦人警官の抜け殻でただ彼の横に座るしかなかった。



▽前に戻る ▽入口に戻る  △次に進む