終章
ルルルルルルルルルゥ! ルルルルルルルルルゥ!
不意に優華の部屋の電話が鳴った。優華ははっと目を開けて飛び起きた。
枕やシーツは汗か涙か、とにかく濡れている。悪い夢にうなされていたようである。優華はそんな乱れたベットに溜息を一つつく間もなく、受話器を取った。
「はい、久保寺です……はい……はい、わかりました」
優華は受話器を急いで置くと立ち上がり、コートと床の上のショルダーバックを手にした。腕時計を手首にしながらふと、その文字盤に目をやった。
時計の針は零時を指している。窓の外は真っ暗だった。
(夜の12時か……随分寝ちゃったんだ)
眠れる時に最大限眠る。不規則な警察官の生活が身に染みているようである。優華は部屋の明かりを消すと慌てて部屋を跳び出て、警察署に向かって走っていった。
しばらくして優華は警察署から少し離れた所にあるパチンコ屋に制服姿でいた。無論遊びに来た訳ではなく、仕事で。
「入らないでください……そこパトカー入りますから!」
優華はパチンコ屋の裏手にある細い道で野次馬やマスコミを捌いていた。彼女が作った道を鑑識官やパトカーが通り、辺りに何とも言えぬ緊張感が走っていた。
「何があったんだ?」
「強盗らしいよ。最近この辺も物騒になったねえ」
野次馬達が口々にそんな事を話しながら鑑識官が集まっている場所やライトに照らされている現場を見ていた。
「優華」
「えっ」
その時、不意に優華の名を呼ぶ声が聞こえてきた。優華は一瞬、驚いた表情を見せて声のした方を見た。すると優華達が作った道を真理子が小走りで駆けてくる様子が目に入った。
「先輩? 先輩は確か大通り側の整理……」
「いいから、ちょっと」
真理子は優華に近付くとそっと耳元でそう囁いた。その顔はどことなく青ざめ、何か深刻な事態が発生した事を匂わせていた。
何がなんだか分からないが優華はそばにいる警官を見付けそれを呼び止めた。
「すいません、ここ、少しお願い出来ますか」
「ああ」
トイレか何かかなとしか考えていない様子でその警官は返事をし、優華の立っていた場所に立った。そして優華は真理子と共に道を小走りで駆けて犯罪現場の喧騒を後にした。
真理子に連れられた場所は余り人気のない所に止められたパトカーだった。
「乗って」
真理子はそう言うと運転席に、優華は助手席に乗りこんだ。
「あの、どこに」
優華が訊くと真理子は車を動かそうとはせずに制服のポケットから携帯電話を取り出し、手馴れた手付きで操作をし、それを優華に手渡した。
「今、こんなのが届いた」
優華は携帯電話を受け取ってその液晶画面を見た。件名は「お疲れさま」。そのまま彼女は内容を読み出した。
「『こちらの仕事は上手く行きました。今頃は現場で人の整理ですか? この仕事があったので昨日はあまり楽しめませんでしたけど、しばらくは余裕があるのでたっぷり楽しめそうです。外回りに出るならメールをください。また会って楽しみましょう 前田』……!」
優華の心臓が一瞬、縮こまった。愕然とした表情を真理子に向けると彼女は一つ頷いた。
「そう……あいつらのしわざよ。このパチンコ屋強盗事件……ねえ、あいつらが最後に言ってた言葉、覚えてる?」
「え……最後に……」
真理子の言葉が呼び水となったか、止まっていた記憶のフィルムがまた周り始めた。
そしてフィルムのラストの方になって前田が言った言葉が甦った。
「また明日お会いしましょう。多分、明日はパトロールが強化されるから外に出るでしょうし、時間と場所は後ほど」
その言葉を思い出した瞬間、優華ははっとした。
「パトロールが強化されるって……こう言う意味が……」
「あいつら、あたし達が言わないってわかっていてそんな事を言ったのよ……そして……」
真理子はハンドルに寄りかかって一つ溜息をついた。
「この事を報告しなかったから、ますますあたし達はあいつ等の事を言い難くなって言わなくなる……もう一つ、あたしと優華を縛り付けたのよ……あいつらは」
真理子の横顔に大きな諦めと悔しさ、そして僅かながら自分達を縛り付ける手際のよさへの感心が浮かんでいた。
先輩も私も絶対に逃げられない。