12 同類

「……優華……」


 男達の音が全て聞こえなくなると、真理子ははっとしてまだ痛む乳首をブラと肌蹴た制服に包み込ませた。
 そして床に突っ伏して肩を震わせながらすすり泣く優華のそばにしゃがみ、その震える肩に手をやった。


「……本当…………なんですか……?」


 肩に手を置かれた瞬間、優華の口から弱々しく震えた声が漏れてきた。真理子はそんな優華の声にぐっと詰まるような物を感じ、彼女の肩に置いた手を離した。だが、それっきり真理子は何も言わない。すると優華はゆっくりと顔を上げて、視線を外す真理子を見た。


「……先輩が……あいつらに言っていた事……本当の事なんですか……?」

「…………」


 真理子は優華から視線を外したまま、何も答えなかった。しかし、優華の濡れた瞳からまっすぐ突き刺さる視線にずっと黙っている事ができずにためらいがちに一つ、首を縦に振った。


「……あんな状態で……嘘は言えないから…………」

「そんな…………」


 嘘だと言って欲しい。優華の視線と声はそう言っているようであった。真理子はそんな優華の思いに答えられない申し訳なさにも似た感情に心を痛めながら、初めて優華に視線を合わせてそっとこくっと一つ、頷いた。


「全部……本当よ…………全部ね。でも優華、わかって欲しいの。あたしを変態って思うかもしれないけど……」

「わかりません!」


 涙声で優華の声が廃ビルに響いた。真理子はぐっと言葉を飲み込み、素っ気無い表情を浮かべて心の衝撃が表に出ないように勤めた。

 優華はどことなく蔑むようなまなざしで真理子のそんな顔を睨んだ。


「何人も男の人となんて……そんなに……そんなに先輩が淫らな人だったなんて……しかも外でって……尊敬していたのに…………」

「…………」


 真理子は優華の言葉に何も言い返さない。ただ黙って優華の言葉を聞いていた。優華はさらに言葉を続けた。


「そんな……レ……レイプみたいな事が好きだったなんて……最低です!」


 レイプで処女を奪われた優華の叫びが真理子の心に突き刺さる。真理子は苦しそうに鼻から一つ、ふうっと息を抜くと泣き続ける優華を見つめた。


「……そう。あたしは最低よ……自分でも普通に普通のセックスが出来ないかって思ったけど……ダメだった。あたしは昔後輩に言われたように変態なのよ……優華は写真みたいな事をされたから……絶対に分からない事だと思う。でも、本当にこれだけはわかって欲しいの」


 そう言うと真理子はそっと両手を優華の両肩にかけた。


「何人も相手が変わっても、変態みたいでもセックスが愛情表現だって事は変わらないの。打算や欲望でするんじゃ……」

「不倫もですか」


 今まで弱々しく震えていた優華の声が突然、強くはっきりした物になった。その声に真理子ははっと驚いたように優華から手を離し、優華の目を見つめた。

 その目には力が篭り、蔑んだ物に加えて強い怒りのような物を感じられた。

 そんな目で少し動揺する真理子を見ながら優華は続けた。


「交番の中や……勤務中のパトカーの中って……警察官なのに……」

「……そ、それは……あたしが彼を好きになって……彼も……」


 バレれば自分はもちろん、相手の男にも懲戒は確実な一件だけに真理子の言葉はどことなく歯切れが悪い。
 そんな真理子を優華は怒りと蔑みの目でじっと凝視し続けた。


「愛があれば勤務中でもいいんですか」

「……仕方ないわ」


 ぼそっと真理子が言うと優華はぐっと何かこみ上げてくる物を感じたか、ふっと一度顔を下げ、再び顔を上げて真理子を見た。


「その人は結婚しているって、最初から知っていたんですか」

「…………」


 優華の問い掛けに真理子は黙って頷いた。すると優華の目がさらに厳しい物になった。


「……じゃあ……子供もいた事は……」

「……知ってた……えっ!」


 気に止める事なく真理子は頷きながら答えたが、すぐにはっと驚き、目を見開いた。真理子が口にした事の中に相手の男が子持ちである事はなかったはず。なぜ優華が知っているのか。

 優華は怒りと蔑みの眼差しで真理子を睨み続けながら続けた。


「その……先輩の相手は…………藤原登志男警部じゃないですか」

「!」


 一瞬、真理子の顔からさっと血が引いた。優華の言ったその名がズバリ、真理子の相手だったのだ。

 思わぬ方向から思わぬ直接的な一撃を食らった真理子は言葉を失い、愕然としながら優華を見た。


「ど……どうして……」

「……その人は伯父です……私の……」

「お……伯父さん……優華の…………あ……」


 真理子は顔面蒼白で口をただぱくぱく、酸欠の金魚のように動かすしかなかった。優華はそんな真理子を睨んだ。その眼差しには最早、尊敬する先輩を見るような感じはない。

 優華は再び両目から涙をぽろぽろとこぼし始めた。


「私が……警察官になろうって思ったのも……その伯父さんの存在があったからなんです……でも、突然山奥の駐在署に家族ごと飛ばされて……理由は……」


 涙声の優華。尊敬していた人間全てに裏切られたような状況に悔しさにも似た怒りに震えていた。
 そんな優華を真理子はとても正視できず、ふっと彼女から視線を外した。


「……藤原警部が飛ばされたのは……あたしも知ってる。だからあたしもこの警察署に転属されたから……」


 そこまで言うと真理子はちらっと僅かに真理子へ視線を向けた。


「でも、転勤くらいですんでよかったのよ。あたしもそれから連絡をつけてないし……」

「そんな問題じゃありません!」


 さらに言葉を紡ごうとした真理子を遮り、優華が叫んだ。優華の叫びに真理子は僅かに体を仰け反らせるように動かした。


「先輩は何度も愛情があったからって言ったけど……そんなのは自分を守るただの言い訳です! 先輩は変態でもよかった、不倫も……いけない事だけどでも素直に悪かったって言えばよかった! だから……だからそんな言い訳をして欲しくありませんでした!」


 一頻り悲鳴のような叫びを優華は上げるとくすんとすすり泣きを鼻で吸い止め、涙をそっと指で拭った。


「そうすれば……まだ……まだ私は先輩を尊敬できたかもしれなかったのに!」

「……優華……」


 優華はまた床に突っ伏し、声をあげて泣き出した。真理子にはそんな優華を慰めたり労わったりする言葉も、そして資格もなかった。

 真理子はそっと立ち上がると優華が突っ伏すトイレに入った。まだスカートは捲れ、パンストとパンティがブーツの所まで下ろされたまま。彼女の豊かで張りのあるヒップが剥き出しになっていた。

 そんなヒップを真理子は立ったまま見下ろすとふっと、まだ濡れている男子用便器に目をやった。


「……今はあたしが何を言っても言い訳になるわ……だから……もうあたしの事をあたしは何も言わない。でもね優華、一つだけ言わせてもらうわ」


 そこまで言うと優華のヒップのそばにしゃがみ、ポケットティッシュを取り出すと優華の内太腿に筋として残る彼女の小水を拭った。


「ひっ!」


 ティッシュが優華の肌を滑った瞬間、彼女は思わずびくっと体を震わせた。
 男達に弄くられ倒されたせいか、彼女の知らないうちに肌の感度が上がっているようだった。


「結果的に悪かったとか嫌悪を感じる事でもその時はどうしようもなくなるの。止めたいって思っても止められない……そんな事もあるの……それは優華、あなたにもあるのよ」

「そ……そんなのありません! 私は普通の女です!」

「最初はみんなそう思うの。変態みたいな趣味を持つ人も浮気性の人も……そして……」


 優華の内太腿を拭った真理子は僅かに黄色く染まったティッシュを自分の制服のポケットに入れると下ろされた優華のパンティとパンストをそっと上げ出した。


「あたしも、藤原警部も……そのうちに優華、あなたもわかるわ」


 真理子がパンストとパンティを優華の太腿まで上げたその時、すっと優華が体を起こし、真理子の手を押えた。


「自分でします」


 そう言うと立ち上がり、パンストとパンティを引き上げた。小水で濡れたパンティが優華の股間に密着し、一瞬、彼女の全身に冷たさを走らせた。

 そしてスカートも元に戻し、普通の婦人警察官に戻った優華はちらっと肩越しに真理子の顔を見た。


「わかるって……先輩は私の事をそんなに知っているんですか?」

「性癖とかはもちろん知らない。もっとも、優華自身も知らないから知りようないんだけど。でも、知っている事はある」

「?」


 優華は厳しい眼差しを解き、隙のある普段通りの純粋な女の表情を一瞬、見せた。


「……一服、盛ったって? あたしに」

「!」


 真理子の言葉にびくっと優華は肩を震わせた。今まで真理子を責めていた怖いまでの怒りの感情が一気に萎え、とてつもない罪悪感が優華にのしかかってきた。

 そんな優華の激変振りに真理子は厳しい表情で見ていた。


「あいつ等、言ってたよ……どう言うつもりか。優華があいつ等に言われた通りにあたしに睡眠薬を盛ってこんな所に連れ込ませる手助けをしてたなんてね……」


 真理子はそう言うと厳しい表情のまま、溜息混じりに優華の背後に歩み寄った。


「お陰であたしは胸にクリップをつけられて、写真まで撮られて……言わなくてもいい事を言わされて……優華には嫌われて……もう、警察にはいられなくなるかもしれないような破滅に……」

「ああ……あ……」


 ねちねちと優華の顔のそばで続く真理子の恨み節。優華は我慢出来ないと言いたげにさっと真理子から顔を離すように一歩、前に進むときゅっと両手に握り拳を作り、その場でくるっと後を振り返るとぺこっと頭を下げた。


「ごめんなさい!」


 そしてまるで悪さをした子供のように大きな声でそう言った。しかし、真理子からは何の返事もない。優華は頭を下げたままで続けた。


「あいつ等に……レイプされた写真を撮られたからと言って……断れなかったのは……私のせいです。本当なら速やかに報告をしないといけなかったのに……」

「……警察官なのに悪に屈してその言うなりになってた……悪いって思わなかったの?」


 真理子から叱責の言葉が飛んでくるかと思ったが、想像に反して少し優しい声。優華は頭を下げたままでこくっと頷いた。


「いいえ。悪いとは思ってました……何度も先輩や係長や課長に報告しようと思ったんですけど……でも……写真と警察官なのにレイプされたって事が恥ずかしくて言うに言えなくて……」

「それよ、わかってても止めようのない状態って」

「えっ」


 優華は初めて顔を上げて真理子の顔を見た、その顔には怒りや蔑みの表情はなく、寧ろ失敗した子供を諭すような優しい母親のような、余裕のある薄い笑顔があった。


「まあ、優華のこれとあたしを一緒にしちゃ失礼だけど……そう言う物なのよ」


 真理子は普段通りの先輩らしい笑みを見せ、ぽんと優華の肩に手を置いた。


「一度歯車が動き出すと止まらない。頭で止めようと思っても……それが優華は男達の策略、あたしは本能だった……結局、優華もあたしも一緒って事よ……」

「あ……ああ……」


 優華は真理子の手をぽーんと弾いて「違う!」と言いたかった。しかし体が硬直して言えなかった。


(一緒……そうかも……やっぱり、先輩は私を理解してくれる……)


 一服を盛られたと言うのに責めようとする気のなさそうな真理子に優華は硬直した状態でそう思い、同時に何も考えずに感情的に真理子を責めた自分を恥じた。真理子は軽く笑うとそっと、手を離した。


「……過去のお話はここまで。それより次の話よ」

「え?」


 真理子の眼差しが先輩の優しい物から警察官の厳しい物に変わった。


「どうする……あいつ等を上に報告する? 公務執行妨害と逮捕監禁、あと恐喝やもちろん、強制わいせつにはなるけど」

「で、でも……」


 今が男達と縁を切るチャンス。

 優華はそう思ったが口から勝手にそれにブレーキを掛けるような、踏ん切りのつかない言葉が漏れた。


「でも?」

「あ……あいつ等は全部……デジカメに…………もし、捜査が始まったら……きっとそれをネットに……その……」

「…………」


 警察官としては有るまじき弱気な発言かもしれない。優華はそう思った、しかし、ずっと彼女を拘束し続けたデジカメ写真の威力に完全に優華は警察官として骨抜きにされていた。

 私は警察官と思っていても思うだけの状態。

 優華はそんな弱い存在。

 真理子はそんな怯えるような優華をじっと見つめ、一つ溜息をついた。


「……わかった。秘密にしよう」

「えっ」


 てっきり報告するように説得される物と思っていたが、あっさりと真理子はそう判断を下した。優華は意表を突かれたように驚きの表情を見せた。そんな彼女に真理子は一歩、歩み寄ると突然、そっと包み込むように腕を伸ばしてきゅっと抱き締めた。


「!」

「まともなセックスが一度もないのにあんな写真が撮られているし……あたしの方も今まで1人で苦しんでいた優華に気付かなかったかったから……優華に従う」

「……先輩……」


 気を付けの状態で抱き締められた優華だがすぐに腕が動き、いつしか真理子の腰に手が回っていた。そして、そっと彼女の肩に自分の顔を埋めた。

 そんな優華の温もりを肩に感じた真理子はこくっと頷いた。


「それに……あたしも写真を撮られたし……これからは一緒よ」

「……はい」


 

 しばらくして、真理子と優華は乱れた髪や制服を整え涙の跡も全て拭き消し、普段の婦人警察官に戻るとそっと廃ビルを出た。


「戻ったらどう報告しよう……結構時間食っちゃったし」

「ビラを配っていましたと言えば大丈夫だと思いますよ」


 そんな事を話ながら廃ビルを出た2人はふとその前に立ち止まった。そして真理子が辺りをきょろきょろ見渡した。


「……ねえ、ここどこ? 署まではどうやって行くの?」

「えっと……あっ……」


 優華も周りを見渡してみた。
 すると何かを見付けたのか、一方を見たままで固まり、愕然としたような表情を見せた。真理子は不思議そ
うに優華が見て固まったその方向を見た。

 廃ビルを挟んだその方向には長年の風雨でくすんだコンクリートの壁が立っていた。

 それは紛れもなく2人が勤務する警察署の裏側の壁だった。


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