終.7月11日

「……っと」

 日付が変わった深夜0時。
 コンビニの事務所にあるビデオデッキからビデオテープが吐き出される。
 彼はそれを手にするとその背表紙を見た。

 10日。

 そこにはただそうとしか書かれていない。
 毎月10日の24時間がそこに記録され、一ヶ月間そこに留まり、また新たな10日の24時間が記録され、古い10日の記録は抹消される。
 このビデオテープには7月10日が記録され、6月10日の記録はもう跡形もない。
 麻衣子の万引きをする、その姿も。

「なんかあったんすか〜?」

 深夜担当のバイトがビデオテープを見つめている彼に気付いて訊いて来る。
 彼はふふっと小さく笑いながらテープをケースに押し込んだ。

「いや、この一ヶ月これを警察に差し出すような事が起きずによかったな、って」
「そうっすね。強盗とかあったらマジへこみますしね」

 へこむどころの騒ぎじゃないのだが。
 彼はくすっともう一つ笑うとケースに収めたビデオテープを棚に押し込んだ。

「そうだな、平和が一番。警察に御厄介になるのだけは勘弁してほしいしな」
「あ、警察って言えば」

 バイトがするするっとビデオデッキのそばに歩み寄ってくる。

「前に話しましたっけ? 大学前の交番にムカつく婦警がいるって」
「ん? ああ、聞いたけど?」

 麻衣子だ。
 反射的にそう思った彼の表情から一瞬、笑みが消えた。
 そんな微妙な変化に気がつかないバイトは急にへらっとした顔を見せた。

「ほんと、ムカつく婦警だったんすよ〜やたら怒ったりやたら絡んだりして。でも、なんか最近違うんすよ」
「どう違う?」

 バイトのへらへらした顔がさらに緩む。

「最近はなんかいつもニコニコしてるんすよ。前みたいにぎゃーぎゃー言わなくなったし、普通にあいさつしたりするし、こっちからあいさつすれば返してくれるし……」

 バイトはへらへらした顔を軽く引き締めてんー、と心持ち天井を見上げた。

「なんか別人みたいなんすよ。急に変わってキモっ、て思うくらいに」
「……じゃあ、前みたいにぎゃーぎゃー言われたい?」

 彼の顔に悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
 バイトは首を横に振った。

「俺、そんなドMじゃないっす」

 けらけらっとバイトが笑う。そして、にへっとだらしなく表情を緩め、彼に視線を向けた。

「ダチで今度ナンパするか、なーんて言ってるヤツもいるんすよ。信じらんね」
「だなあ。無駄足になると思うし」

 そういいながら彼は棚から11日と背表紙に書かれたビデオテープを取り出し、ケースから抜き出すとちらりとバイトを見た。

「なんで急に変わったと思う?」
「なんでっすかねえ……もっと女っぽく笑えって怒られたんじゃないっすか?」

 期待通りの単純な回答に彼がふふっと笑って首を横に振った。

「笑えって注意してもそう簡単に笑えるもんじゃないさ。自然な笑顔を狙って浮かべるって案外訓練が必要なスキルなんだから……でも」

 彼はふむと一つ息を吐き、ビデオテープをデッキの口に押し込んだ。

「笑った方がいいよ、とか笑った方が可愛い、なんてアドバイスがあれば自然に笑うようになるだろうなあ。狙わって浮かべる自然な笑顔よりももっと自然な笑顔が出るだろうし」

 バイトは彼の言葉を難しく感じたかなんだか考え込むような素振りを見せた。

「……え、じゃあ、あの婦警に男が出来たって事すか?」
「かもな」
「へー……じゃ、ナンパしようってダチにやめとけって言わねえと」

 そう言うとバイトは彼から離れ、携帯電話を取り出すとメールを打ち出した。
 そんなバイトを見ながら彼も携帯電話を取り出してそっと開いた。

(な、麻衣子)

 彼の携帯電話の液晶画面。
 そこには婦人警官の制服と制帽を着用した麻衣子が敬礼をしていた。
 その顔に浮かぶ自然な笑みを彼に真っ直ぐ向けながら。

「さ、仕事だ」

 彼は携帯電話を折りたたむと丁度メールを打ち終えたバイトの肩をぽーんと叩いて自然な笑みを浮かべながら事務所を出て行った。



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