紺色のキャンバス
「よし……と」
僕は公衆トイレの個室の中でジーンズのジッパーを上げた。
準備はできた。ずっと考えていた事を、今から実行する。上手くいくか、いかないか。いかなかったら全てが終わる。
下手をすればここで僕の人生が終わったも同然のような結果になるのかもしれない。
しかし、そんな危険を冒してまでもそれはする価値がある。
それによって見られる物を見る価値がある。その価値を生み出す為に今、ここで最後の準備を整えていた。
ふと、顔を上げてトイレの壁についている水洗タンクに目をやる。
そこには小さい、乳酸菌飲料を入れるプラスチック容器があった。
「ここは駐車禁止区域です。駐車中の車は速やかに移動をお願いします」
公衆トイレから程近い所にある車道。
車道を挟むビルの壁に乱反射するように女性の声が響いた。声の主は若い婦人警官。まだ新米なのか、制服が妙に新しく、日差しに輝いて見える。
彼女はパトカーの拡声器越しのなんとなく頼りなさげな声で辺りにそう、警告を発していた。
ここは雑誌にも載るような有名なケーキショップや腕のいい美容師のいる美容院、タバコを売っているコンビニと人の集まりやすい店が集まった場所。
しかし、どう言う訳だか駐車場がほとんどなく、自動車で来た人は例外なく路上駐車をする事になる。
ところが、上手くできていてここは駐車禁止区域。その獲物を目当てに取締りの婦人警官が定期的に、頻繁にここへやって来て容赦なく摘発していった。
僕は自動車は持っていないから別に婦人警官に恨みつらみはない。
ただ、あの制服。あの妙に気高くってすまして、僕にとってはスチュワーデスなんかよりもお高い制服を汚したいと思っていた。
汚すって言っても泥や砂で汚すのではなくて。
もっと目立った汚れ、婦人警官の制服によく似合う色の汚れをつけてあげたい。それで、今からそれをやりに行こうとしている。
僕は近くのコンビニの前にある公衆電話で電話をかける振りをしながら道路の婦人警官を伺った。
二人組の婦人警官。二人とも独特の形のあの制帽に活動服、ズボン姿で動いている。
一人、少し年上の婦人警官はいそいそと路上駐車している車のタイヤにマーキングをしている。
もう一人、若い方はパトカーのそばに止まっている自動車のタイヤによく言えば丁寧に、悪く言えばとろとろとマーキングしていた。
狙うのは目前の仕事に集中して周りが見えていない方。幸い、今日は車が多く、結構時間を捕られているようだ。
僕はポケットのポケットの中からラップに包まれた乳酸菌飲料のプラスチック容器を取り出した。
それと一緒にプラスチックでできた透明な小さいスポイト、ピペットも取り出す。
そのピペットの先端をプラスチック容器の口を包むラップに突き立て、すうっと中へと押し込んだ。
そして、ある程度中に入るとゆっくり、ゆっくりとピペットの乳首を押し、容器の中身を吸い取っていった。
透明なピペットが容器の中に入っている液体の色に染まっていく。
その色は白。乳白色と言ってもいい濁った白色だった。もちろん、それは乳酸菌飲料なんかじゃない。もっとねばねばしていて臭う液――僕の精液だった。
ピペットに精液を満載させるとそれを軽く作った拳の中に隠し、そばに止めた自転車に跨った。
そしてゆっくりと自転車を出して婦人警官がせっせと働く道へと出て行った。
まずは軽くこの辺りを一周。別段、婦人警官は俺の存在を気にする様子もない。
やっぱり目の前の仕事を片付けるのに精一杯で周りが見えていないよう。
僕は辺りを回りながら婦人警官の動きを伺った。彼女のそばを通り過ぎるだけで胸の高鳴りが激しくなっていく。
まるで初恋の女の子に意を決して声をかけようとした時のような、純で健全なる動悸。
そんな懐かしい感覚を覚えていたその時、先輩婦人警官がさらに遠くの車のマーキングを始め、若い方の婦人警官が立ったまま前かがみになった。
今だ。
僕は自転車の速度をわずかに下げ、若い婦人警官の背後ぎりぎりになるようにまっすぐ自転車を走らせた。
そして、彼女の背後に来た瞬間、軽く握っていた拳をぎゅっと強く握り締めた。
その瞬間、拳の横側からピペットの中の精液が勢いよく噴出され、その先端が向いている方向へと飛び散った。
そこには紺色のパンツに包まれた若い婦人警官のぷりんと張ったお尻がある。
僕はいったん自転車の速度を上げてそこから離れるとすぐに方向を変えて再び同じように婦警のそばに自転車を向けた。
そのそばを通り抜ける。何も気づかずにせっせと駐車違反の取締りを行う婦人警官。
その紺色の肉厚なお尻のキャンバスには僕の精液によって白濁のたまりや流れが美しくべちゃっと描かれていた。
これほどまでに上手く行くとは思っていなかった。
こうなるともう一つ、どうしてもやりたい。
確かに、婦人警官の尻をべちゃっと白濁液で汚すのはよかった。その様子を思い浮かべながら一人で楽しんだりもした。
しかし、それ以上に婦警の婦警足る物を汚したならば――。僕の目標はすぐに定まった。
数日後、俺は例によって乳酸菌飲料の小さいプラスチック容器に精液を入れて、最初に婦人警官の制服を汚した場所とは違う場所に向かった。
そこは駅前広場。そこは訳のわからないモニュメントやその周りを囲うように建つ歩道橋で町の中でもかなり芸術的な装いを見せていた。
ここも駐車禁止にも関わらず、人待ちや何やらで駐車違反の多い場所だった。当然婦人警官がここにもやってきてばんばん違反を取り締まっていた。
僕は歩道橋に登ってぼーっと辺りの景色を見つめながら婦人警官が来るのを待った。
幸いにもこの歩道橋は風景写真や鉄道の写真を撮る絶好の撮影ポイントでぼーっと突っ立ていてもカメラを持っていれば別段怪しまれる事はない。
しばらくぼーっとしているとこの広場に赤色灯を光らせたパトカーが入ってきた。
「ここは駐車禁止区域です。駐車中の車は速やかに移動をお願いします」
お決まりの言葉がパトカーの拡声器から飛ぶ。その声は数日前にお尻を犯した婦人警官の物だった。
パトカーの運転席側から少々年齢の高いズボンの婦人警官が、そして助手席からはあの若い婦人警官がそれぞれ降り立った。
彼女を見た瞬間、ドキッと胸が少し高鳴った。彼女の足元はズボンではなくスカート。
ほとんどズボンの婦人警官しか見なくなった今、スカートを穿いて出てくる婦人警官はまさに貴重。
制服のクリーニングが間に合わなかっただけなのかもしれないけど。
歩道橋のそばに止められた違反者の取締りを始める。
僕は婦人警官達から見えないように歩道橋の上でピペットに精液を充填し、準備を整えた。
歩道橋の上から下を見下ろす。
歩道橋に沿うように止まる違反者の周りを丸い制帽を被った婦人警官がちょこちょこと動いている。
しばらく様子を伺いながら婦人警官の脳天を見ていた。すると、若い婦人警官が車のそばで立ち止まり、バインダーに止めた書類に何か書き物をはじめた。
狙うなら、今だ。
僕はそう思って、ピペットの先端を歩道橋の下に向け、きゅっとその乳首を握りつぶした。
ピペットの中の精液は重力に導かれて落ち、その先にある物、婦警の制帽の上へと次々落滴していった。
さっと反射的に歩道橋に身を隠した俺は期待半分、不安半分のどきどき感を覚えながらそっと歩道橋から下を覗き込んだ。
そこには若い婦警が一所懸命に取締りの作業をする姿が見下ろせた。
そして、その制帽にはあちこちに白濁の川が通り、優美な紺色の曲線の上に白の穢れの軌跡を描いていた。
それから僕は婦人警官の制服を汚すことをやめた。
別に怖がっている訳じゃない。
やることをやり遂げたって達成感や満足感が充足されて行動力を抑制させていた。
それから僕は元気に仕事をし、紺色に白濁で汚された景色を思い出しながら一人で楽しみ続けた。
ただ、街を歩いていて気になった事が一つ。
あの若い婦人警官。彼女の姿をまったく見なくなってしまった。
でも、別にいいかな。
街を歩けば彼女じゃない婦人警官がまだ、あの制服を着て仕事をしているんだから。
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