夏休みの思い出
「疲れたよ〜やっぱり山なんかじゃなくって、海の方がよかった!」
「まだ10分も歩いていないわよ。ほら、頑張ってみく」
「む〜……」
8月のある日。
山の中の一本道を男性3人、女性2人の計5人のパーティーが歩いていた。女性の中の1人、今宮みくはご機嫌な斜めな様子で横にいるもう一人の女性、城ヶ崎千里に励まされ、なだめられ、すかされて山道を歩いていった。
この5人は諸星学園のデジタル研究会御一行。夏休みを利して合宿を行うために山の中のキャンプ場を目指していた。
しかし、文化系の部が合宿を行うというのも少し妙な話。しかも電気が来ていない山の中にデジ研が何の用なのか。
「手付かずの自然の中で鋭気を養うのもいいことだ。海は人が多くて騒がしい」
とはデジ研部長、遠藤耕一郎がみくの海へ行こう案を却下した時の弁である。
「もういやだ! 疲れた!」
人が多くて騒がしい海の方がいいみくはひたすら山道を歩く事に飽き、足を止めてその場に座り込んでしまった。
「おい、みく、おいてくぞ」
列の先頭をずんずんと進んでいた伊達健太が立ち止まり、座り込んだみくを見ながら言うと、みくは頬を膨らませてぷいっとそっぽ向いた。
「おいていくんならおいてけば〜? あたしは海の方がいいって言ったんだし、もう歩けない!」
健太と耕一郎、そして並樹瞬の男性3人は少し困ったような顔を見合った。
「どうする?」
「じゃ、少しここで休んで……」
男3人がそう結論を下そうとしたその時、千里がそっとみくの耳元に囁いた。
「キャンプ場についたらみんなでカレーを作るのよ。山の中で食べるカレーってすっごくおいしいんだから」
「カレー!」
カレーと聞いてみくの目に輝きが戻り、いきなりすくっと立ち上がった。
「みんな、何やってるの! 早く行こう! すぐ行こう!」
そう言ってずんずんと健太に変わって山道を進み出した。その後ろ姿を男3人はあぜんとしながら見ていた。そんななか、耕一郎がちらっと千里を妙にぎこちない眼差しで見た。
「……さ、さすがだな」
千里は耕一郎の言葉にふふっと笑った。
「みくっておいしい物に目がないからね……それより、みく1人でこの道を突き進ませる気? このまま一本道だけど絶対に迷うわよ」
千里の言葉に3人の男ははっとして慌てて1人で突き進むみくを追って駆け出すのだった。
しばらくして5人はキャンプ場に着いた。テントを張り、竈を作り、周りの森を散策し、キャンプの準備を進めた。
そしてその後しばらく暇な時間があったのでキャッチボールをしたり、木陰で本を読んだり、ただぼーっとしたりとめいめい気ままな時間を過ごした。
「ねえ〜ご飯まだ〜?」
しばらくして慣れない肉体労働を繰り返したみくはいつもより早くお腹が空いたのか、木陰の下に座り、時折吹く風に髪を揺らしながら夕ご飯をねだる言葉を繰り返した。
その言葉にキャンプ場の広場でキャッチボールをしていた健太と瞬がそれを止め、腕時計を目にした。
「……そろそろ作り出すか」
「そうだな、時間がかかるだろうし」
そう話し合うとテントにグラブとボールを放り込み、そばでキャッチボールを見ていた耕一郎に呼びかけてテントの中から飯盒やら米やら鍋やら材料やらを取り出した。
みくの隣で自然に包まれながら本を読んでいた千里もその喧噪に本を閉じた。
「みく、手伝おう」
「え〜、まだ動くの〜?」
みくはあからさまに不満の表情を見せた。しかし千里は対照的に笑顔を見せた。
「みくが働いてくれないと、いつまで経ってもご飯はできないわよ」
「あたし、頑張る!」
みくはすくっと立ち上がり調理の準備を進める健太達の方に走って行き、その後を千里も小走りで駆けていった。
「ねえ、何かする事ある?」
みくは取り戻した元気で慣れぬ包丁や皮むきに悪戦苦闘しながら野菜の下ごしらえをする男3人に訊いた。すると健太はみくの横にいる千里も見て軽く考えた。
「じゃあ、千里は米研いでくれるか?」
「わかった」
千里は軽く返事をすると足下の飯盒に米を測りながら入れ始めた。
「……あたしは?」
「あ……薪を拾ってきて」
健太にさらっと簡単に言われ、みくは少しむっとした。
「なんでそんな簡単な仕事なの! あたしだってお米研いだり下ごしらえしたり……」
みくがへそを曲げようとしたその時、千里が飯盒と米を用意しながらみくと野菜を切る男達の方を見た。
「ねえ、瞬も行ったら? みくだけじゃ沢山は拾って来れないだろうし」
「え……」
みくはちらっと皮むき器でジャガイモの皮をむく瞬を見た。すると瞬は皮むき器を置き、ほっとした表情を浮かべた。
「ああ、俺も行くよ。行こう、みく」
「うん!」
瞬が駆け出すと嫌がっていたみくも嬉しそうに笑って大きく頷いてその後を走っていった。
「本当……みくってわかりやすいわ」
千里が小さく笑いながら飯盒を持ち、水洗い場に向かっていった。
みくと瞬の2人は薪を拾いにキャンプ場の脇道を進んでいった。
「なんだか……何か出てきそう」
「大丈夫。この辺には熊は出てこないさ」
みくはぴったりと瞬に寄り添い、甘えるように何度も何度も話しかけた。そして瞬もそれをなだめるように軽く返事をしていた。
しかし軽い返事が返ってくるだけだったがみくにはそれがとても嬉しく、そして楽しい物であった。
(……できれば、このままずっといたいな……)
そんな事を思い出したその時、不意に瞬が立ち止まった。
「? どうしたの?」
「しっ!」
瞬は腰をかがめ、みくにもそうするように手でサインを送ると、ささっとそばの木の陰に隠れた。
みくは草と木の陰に隠れながら瞬が息を殺して見ている方向を見た。
「……上手くいかんな、ユガンテ」
「ですからDr、ヒネラー様。ネジレ獣に頼らずこの私の剣でメガレンジャーどもを倒して見せますと!」
脇道から延びる獣道を歩くのは邪電王国ネジレジアのDr.ヒネラーとユガンテだった。
(何でこんな所にまであいつらがいるの〜! 森で出会うのはくまさんじゃないの?)
ある日、森の中、ネジレジアに出会った。と言うところだろうか。
この緊迫したムードを盛り上げようとしたみくの言葉に瞬はにこりともせず、冷静な眼差しでDr.ヒネラーとユガンテを見た。
(わからない……しかし、こっちの存在には気付いていない……)
みくと瞬が小声で言葉をやる取りしているその時、みくの周りを「ぷ〜ん」と不快感を催す高い音を果てながら一匹のヤブ蚊が飛んでいた。瞬は小声で色々と言葉を続けていたが、みくにはヤブ蚊の方が気になって仕方なかった。そして、しばらく目で蚊を追っていると、彼女の細い腕に蚊が止まった。
(とにかくみんなに連絡……)
ぴしゃっ!
夏らしい緑の森の中に突然、平手の音が響いた。瞬が驚いて音のした方、みくを見ると腕に右手を置いた状態でまだ蚊を目で追っていた。仕留められず逃げられたようである。
「ばかっ!」
「あ、ごめん……」
「そこに誰かいるのか!」
当然、この音でDr.ヒネラーとユガンテに二人の存在が気付かれた。瞬とみくの2人は顔を見合うとうんと頷き合った。
「変身をしよう!」
「それしかない!」
2人は木の陰に隠れるようにして立ち上がり、それぞれメガブルー、メガピンクに変身し始めた。
「インストール! メガレンジャー!」
まばゆいばかりの青とピンクの光が包み込み、一瞬にして瞬がメガブルーに。そしてみくがメガピンクに変身した。
「メガブルーにメガピンク! なぜこんな山奥に!」
突然現れた宿敵2人にDr.ヒネラーは驚き、その脇にいるユガンテは守るようにさっとその前に立って剣を構えた。
「どこにでも、この地球にお前達の居場所はない!」
「そうよ! 何をしようとしていたかは知らないけど、とにかく許せない!」
2人が油断なく構えると剣を構えていたユガンテがちらりと背後のDr.ヒネラーを見た。
「Dr.ヒネラー様。お任せください。相手はたったの2人、しかも一人はメガピンクです。この剣の錆にしてやります」
「いや」
勇んで行こうとしたユガンテだが、Dr.ヒネラーから制された。Dr.ヒネラーはふっと口元に笑みを浮かべてメガブルーとメガピンクを見た。
「ちょうどいい。実物で試した方が実験データも正確な物となるであろう」
「? 何言ってるの?」
「メガピンク、援護を頼む! メガトマホーク!」
「うん!」
メガブルーはメガトマホークを手にして構え、メガピンクは腰から下げたホルスターからメガスナイパーを取り出して銃口をDr.ヒネラーとユガンテに向けた。するとDr.ヒネラーはにやりと口元に不気味な笑みを浮かべて、右足でとんとんと緩いリズムの足踏みで地面を軽く叩いた。
「いきなり最高の展開だ……」
そんな呟きに気付かずメガブルーは森の中、木々の枝を突き破るように高くジャンプした。そして体を回転させながらユガンテに向かって斬りかかりに向かった。
「トマホークハリケーン!」
「なんの!」
メガブルーが襲いかかったユガンテはネジレジアの中でも剣の達人とされる物。
何度も斬りつけられるメガトマホークの刃を剣でがきっとしっかり受け止めた。
メガブルーは技が効いていない事を知ると少し距離を置いて立ち、メガトマホークを構えた。表情の変わらぬ青と白と黒のマスクを見ながらユガンテはふっと笑った。
「その程度か……次はこっちからだ!」
そう言いながら剣を構えてメガブルーに斬りかかろうとしかけたその時、
「いやっ! 何これ! やああ!」
突然、森に女性の悲鳴が上がった。その声にメガブルーはもちろん、ユガンテも驚き、動きを止めて声の方を見た。
「やだやだやだ! 何これ何これ何これえええ!」
見るとメガピンクの足下からツタがむきむきと生え、足首に絡まり、そして腰や手首、首に絡み付き、その彼女を「大」の字のようにして動きを拘束していた。
メガピンクはツタから逃れようともがいたが、よほど強く絡み付いているのか、強化スーツの力をしてもツタが体から離れる事はなかった。
「メガピンク、大丈夫か!」
「なんだかわかんないよ! 離して!」
メガブルーはツタからメガピンクを救おうとメガトマホークでツタを切っていったが、切っても切っても次々と生え、まさしく切りがない状態であった。凄まじい生命力にメガブルーはメガトマホークを振るう手を止め愕然とした。
「これは……植物か?」
「Dr.ヒネラー、これは一体?」
驚いたユガンテが一人冷静なDr.ヒネラーに訊くと彼はふっと笑った。
「今日の実験の一つはこれだ。ネジレ獣の技に使えるかと思って試したのだ」
そう言うとまた右足を軽く足踏みした。するとぼこっと地面から真っ直ぐ一本のツタがステージから出てきたマイクロホンのように出てきた。
「地下茎と言うのを知っているか?」
「はあ……地球の植物にあると……」
「うむ、特に竹と言う物が強く、早く延びる」
そう言うとまっすぐ立ったツタをそっと撫でた。
「竹の地下茎をモデルにした物だ。今ここに植えた物は私の言う通りに延び、絡まるのだ……そして……」
そう言うとペットの蛇を扱うように愛おしそうにツタを撫で、ツタに拘束されたメガピンクとそれを救おうと悪戦苦闘するメガブルーを見た。
「生命力は半端ではない。1本や2本切ったところでどうにもならんのだ」
「な……なるほど……さすがはDr.ヒネラー様」
自分にはできない頭脳的な作戦にユガンテはただ敬服し、一度頭を下げた。そして2人の方を見た。
「どうだ。Dr.ヒネラー様にかかればお前らなどこの程度だ」
「く……」
メガブルーはマスクの下で歯ぎしりをし、顔をしかめ、手にしたメガトマホークをぎゅっと強く握った。
「……メガブルー」
その時、ツタの絡まるメガピンクがもがきながらぽつりと呟いた。メガブルーははっとメガピンクを見た。
「別にツタに縛られてるだけだから……大丈夫だよ」
「しかし……」
「だから、あたしに気にせずに戦って! メガブルーは強いもん!」
身体の自由を奪われておそらくマスクの下のみくの顔は恐怖で泣き出しそうなのかもしれない。しかし、彼女は強がるように、そして健気にメガブルーに戦うように言った。彼の中で闘志が大きく燃え上がった。
「……お前らを倒せば、メガピンクは助かるんだ!」
「まだ言うか!」
ユガンテは再び剣を構え直し、メガブルーに立ち向かった。
「まあ、待て」
しかしここでまたDr.ヒネラーが言葉で制した。
「もう一つ実験をしようと思ったが、被験者がおらず止めようとした物をある。メガブルーにしてみよう」
「何!」
「気を付けて! メガブルー!」
メガピンクの悲鳴のような声が森に響いた。言われるまでもなくメガブルーは油断なくメガトマホークを構え前後左右天地、すべてに一瞥するように視線を送り警戒した。
「メガブルー! こちらを見よ!」
Dr.ヒネラーの低い声が目がメガブルーに届いた。メガブルーがはっとしてDr.ヒネラーを見るとその人差し指と親指に一本の糸が摘まれていた。その糸の先には五円玉のように中心に穴が開いた、黄金に輝く円盤が下がっていた。
あからさまな催眠術の道具である。
「そんな簡単なのにメガブルーが引っかかる訳いないよ!」
ははっと小馬鹿にするように笑いながらメガピンクが言った。そんな言葉を気にする様子もなくDr.ヒネラーは円盤をゆっくりと左右に振り始めた。するとDr.ヒネラーとユガンテに飛びかかろうとしたメガブルーが突然石化でもしたかのように固まり、吸い込まれるように糸の先の円盤を見始めた。
「そうだ……動くな……」
Dr.ヒネラーの低い声が辺りに響く。突然動かなくなったメガブルーにメガピンクは急に焦りだした。
「どうしたの? 頑張ってよお!」
彼女の言葉にもメガブルーは全く反応しない。言葉自体が耳に入っていないようだった。
「そうだ……武器を下ろせ」
するとメガブルーはDr.ヒネラーの言う通り、構えていたメガトマホークをすっと下ろした。メガピンクは目の前で繰り広げられる信じられない光景に愕然とし、マスクの下の表情を凍りつかせた。
「うそ…………」
Dr.ヒネラーは円盤を左右させながら満足げに口元に笑みを浮かべた。
「この円盤は左右に揺らすことで特殊な電波を飛ばし、脳に我らに従う電気信号を送ることができる……さて」
そう言いながらDr.ヒネラーはツタに絡まれ全く動けないメガピンクをなめるように見た。彼女は自分も催眠術にかけられるとマスクの下の目をきゅっとつぶり、僅かに動く首を背けた。
「別にお前にこれをかけようと言う訳ではない」
「……じゃあ、どうするのよ! メガブルーを早く元に戻してあげて!」
目をつぶったまま、悲鳴のような叫び声で言うと、その声を楽しむようにDr.ヒネラーはうんと頷いた。
「それでは……メガブルー……理性を外し、思うがままに動くがいい……さあ、メガピンクを好きなようにしろ!」
円盤を揺らしながらメガブルーにそう言うと、彼はゆら〜っとメガピンクの方を見た。
「メガブルー……」
メガピンクはほっとしたように安堵の息をついた。思うがままに動けるのだから当然、ネジレジア達に攻撃をし、自分を助けてくれる。
そう確信したようにゆっくりと目を開けると、彼女の目に信じられない光景が飛び込んできた。
メガブルーはホルスターからメガスナイパーを引き抜き、その銃口メガピンクに向けていた。
「! うそ! やめて!」
メガピンクがはっとして悲鳴のような声を上げたその時、メガブルーはメガスナイパーの引き金を引いた。
「きゃああああ!!」
固定された的となっているメガピンクにメガスナイパーのビームが飛んだ。ビームは彼女の右の二の腕に命中し、火花とかなりの熱、そして激痛が走った。
「痛い! 痛いよおお!」
ビームの命中したピンクの強化スーツは無惨にも焼き切れ、焦げ、その裂け目からは無数のコードと体に密着した極薄回路が剥き出しとなった。そしてその回路も一部が破れ、みくの重い火傷を負い、赤黒くただれた肌が露わとなっていた。
その痛みにみくは涙を流し、ぼやけて見える視界で銃口を向けるメガブルーを見た。
「ど……どうして……どうしてなの! メガブルー!」
しかしメガブルーは答える事なく、メガスナイパーの照準を変えて再びその引き金を引いた。
「きゃああああああああっ!」
今度は左の膝上の太股に命中、爆発と熱と痛みが全身に走る。ビームの直撃を受けた左太股からは黒煙が上がり、スーツが焼き切れた焦げた臭いがマスク越しに鼻を突く。しかし、激痛に顔をしかめる事はできても傷を押さえる事はできない。
彼女にとってそれは傷の痛みを倍増させる物だった。
メガピンクはきゅっと閉じた目を恐る恐る開き、メガブルーを見つめた。
「メガ……ブルー……」
「いやあああっ!!」
メガブルーが淡々と引き金を引き、放たれた3発目のビームは左肩に命中し三度かなりの火花と熱、激痛が飛んだ。
「あうう……い…………痛……いよお……」
「……どうだ、メガピンク。味方から受ける攻撃は」
Dr.ヒネラーが不気味な笑みを浮かべ、円盤を左右に振りながら淡々とそう言ったが、右腕と左足と左肩の重度の火傷の痛みに耐える事に必死でDr.ヒネラーの言葉を聞く余裕は全くなかった。
彼女は痛みにこらえる事に支配された頭の中で、僅かに残された思考の領域で考えた。
どうしてなの? どうしてメガブルー、ううん、瞬が私を撃つの? 味方じゃないの? それとも……味方だけど、あたしのことがキライなの……?
「いやあ……そんなの…………」
漏らすようにみくが呟いた。だが、わからないのは何もみくだけではない。
「しかし……メガレンジャーの5人は結束が固く、その結束で我々の作戦を妨害していたはず。なぜ、こうもあっさりとその一角が……?」
ユガンテが剣を収め、メガブルーのメガピンクへの攻撃を見ながら首を傾げていた。するとDr.ヒネラーはちらりとユガンテを見た。
「高度な精神を持つ生物は本能の他に理性という物がある」
そう言うと再びメガブルーの背中を見た。
「そのような生物は本能の赴くままに生きてゆくことは許されない。本能を抑え、ある程度の統制を立ててゆく為にあるのが理性だ。私はそれをこのネジレジア合金で外したのだ」
「なるほど……つまり今奴はメガピンクに戦闘本能のみで向かい合っているのですな!」
「いいや」
Dr.ヒネラーはふっと笑ってスーツを破壊されてそこから黒煙を上げるメガピンクを見た。
「もしそれだけであれば、一発でメガピンクを仕留めるはず。相手は拘束されて身動き一つできんからな。しかし……まるでじっくり嬲るように攻撃している」
「それは……どのような……」
ユガンテは回答に期待をしながら訊くとDr.ヒネラーはふっと笑った。
「わからん……推測だがメガブルーには女の悲鳴や苦しむ姿を見ると興奮する暗部があるのかもな……あるいは……」
Dr.ヒネラーは再びメガピンクを見た。
「敗れる事のないメガレンジャーを壊したい、そんな裏の破壊本能もあるのかもしれぬ」
「きゃあああああああっ!!!」
その時、再びメガピンクから悲鳴と爆発音が上がった。Dr.ヒネラーとユガンテが見ると、メガピンクのミニスカートの右部分が焼けこげ、右の太股から腰にかけてが露わとなっていた。そして右の太股は僅かに焼き切れ、そこから回路がやはり剥き出しになっていた。
「……痛いよお……お願い…………もうやめて……ね?」
メガピンク、いやみくは瞬にいつもねだるような口調でメガブルーに言った。するとメガブルーは手にしているメガスナイパーをぽいと放り投げた。
わかってくれたんだ。
メガピンクは痛みに顔をしかめ、涙が枯れるまで流しながらメガブルーのその行動を見てそう思い、一種の安堵感を覚えた。
しかし、それはほんの一瞬のことであった。
メガブルーはメガトマホークを手にした。そしてそれを構えてメガピンクと対峙した。
「いやあああああっ! もうやめてよお! お願いだからあああああ!」
それを見たメガピンクは鳴きながら悲鳴のような声で哀願の言葉を発した。だが、催眠状態が覚めることのないメガブルーはメガトマホークを構えると彷徨うようにふらふらとメガピンク近付いた。
「やめて! やめて! やめてえええええ!」
メガピンクは狂ったように叫び続けた。そんなメガピンクに接近したメガブルーはメガトマホークを振り上げ、それを袈裟切りのように斜めに振り下ろした。
「きゃあああああああああああっ!!!!!」
メガトマホークはメガピンクの腹部を袈裟切りに切った。その瞬間、火花と回路が切断される電気的な爆発、そして強化スーツや極薄回路の切片が飛び散った。そしてスーツだけではなくその下の皮膚も浅く切られ、鮮血が滲み出てきた。
「もう……いや…………」
がくっと力を落としても四肢に巻き付いたツタはそれを許さない。張り付け台に縛り上げられたように緩みなく四肢を張らせていた。腹部から滲む鮮血が垂れ、彼女のピンクの強化スーツを染める。
だが、メガピンクの悪夢はまだ終わらない。
メガブルーはすっと彼女から一旦間を開けるように退くと、突然空へ高々とジャンプした。太陽の日が青い光沢のあるスーツを輝かせる。
そしてそのままメガピンクに向かって回転しながら飛んでいった。
それは間違いなく、トマホークハリケーンの動きだった。催眠状態であるのに正確な動きでメガピンクに襲いかかった。
「きゃあああああああああああああああっっっっ!」
トマホークハリケーンはメガピンクの腕や足や胸、とにかく全身を切り刻んだ。その度に爆発が起き、メガピンクはただ悲鳴を上げることしかできなかった。
「やめてえええええええ! やだあああああああ!!」
その様子をDr.ヒネラーとユガンテはにやにや笑いながら見ていた。
メガレンジャーが仲間同士で普段は自分達がやられる技で攻撃をし合う。
彼らにとってこれほどぞくぞくする物はなかった。
メガブルーがトマホークハリケーンを終えてメガピンクから離れると、彼女は壮絶な連続の爆発で煙に包まれていた。そしてそれが晴れてゆくと、煙の中から見るも無惨に強化スーツをずたずたに切り刻まれ、回路とコードを剥き出しにされていた。
ミニスカートも無理矢理引きちぎられたようにはぎ取られ、女性の守るべき物を守るという役割を果たせないでいた。さらに右の太股、左の乳房、右の下腕では回路すらも吹き飛び、白い地肌が露わになっていた。
「なかなかいい胸をしていますな……シボレナよりもいいのかもしれませんな……」
「……口を慎め。殺されるぞ、ユガンテ」
そんなことを話しているとメガブルーは別の行動を起こし始めた。
もはや哀願すらしなくなったメガピンクに再び近付き、くっと彼女の顎を上に上げた。
そしてメガトマホークの柄で彼女のピンク色のマスクを何度も何度も殴打し始めた。
「………………や…………めて……」
メガピンクはぽつりとそう言った。しかしメガブルーはやめない。するとあれほど頑丈なマスクのバイザーが割れ、いつしかマスク本体にヒビが入り始め、その内ばきっと言う破壊音と共にマスクの一部が砕けた。
メガブルーはその裂け目に手を入れ、力任せに左右に開くように力を込めた。
マスクの一部が砕け、頭の上の方で束ねたポニーテールがぴょこんと姿を出し、メガピンクの素顔、みくの顔が半分姿を見せた。
「なかなかいい顔……」
「皆まで言うな」
みくは目を閉じ、まるで死んだようにぐったりとしていた。頬には幾筋もの涙の跡、マスクが砕けた時に額を少し切ったのか、額から目の横を通おり、頬へと続く血の筋も一筋見えた。
「……死んだのでしょうか?」
「気を失っただけだろう……さて」
そう言うとここで初めてDr.ヒネラーは円盤を揺らすのを止めた。
「戻るぞ……この研究のデータをネジレ獣に生かす」
「はっ!」
そう言うと2人は風に散るようにすうっとその場から消えた。するとメガブルーは突然全身の力が抜け、その場に膝から崩れて倒れ伏した。
「……遅いな……なにやってんだ?」
下ごしらえのできた材料を前に健太は森の方を見ながら呟いた。
野菜は切れた。米も研げ吸水もできた。カレールーも用意した……なのに、薪がない。
薪がなければ火も起こせず、料理もできない。
労働をした後の食事を待っていた3人はすっかり待ちくたびれていた。
「一体……どこまで薪拾いにいったんだ?」
耕一郎も冷静な口調ながらどことなくいらついた様子で呟いた。
「みくだけならまだしも……瞬も一緒なのに……」
千里も心配そうに森の方を見つめて吐くように言った。その言葉の瞬間、3人ははたとある事に気付いた。
「ちょっと待て、もしかしたら瞬とみくは……」
「いや、まさか……瞬は間違っても……」
「でも、みくは瞬が大好きなんだし、2人っきりになってみくの方から……」
3人は顔を見合うと、ほぼ同時にうんと一つ頷いて、健太が森をきっと睨んだ。
「探しに行こう。何もないとは思うが」
「何が起きるかわからないのが世の中。行ってみよう」
「みく……遊びも過ぎると大変なことになるのよ……」
3人はまとまって森の中に入っていった。
「瞬ー」
「みくー」
3人は森の中に入りほぼ一本道を探し回った。
みくの事だから脇道に寄り道をしているのかも。
そう思いながら前後左右、油断なく見回しながら3人は2人を捜した。その時、
「……ちょっと待って」
ふと千里が立ち止まった。
「どうした?」
「なんだか……変な臭いがしない? 焦げ臭いというか……」
千里がそう言うと男2人もくんくんと鼻をひくつかせて風に乗ってきたその異臭の方に向かって駆けだした。
「……あっ!」
先頭を行っていた千里が急に足を止め、口を開けたまま、声を出さずにその場に立ち尽くした。
「どうした?」
「何があった?」
男2人が千里の脇から彼女の視界に広がる光景を見た。すると同じようにやはり言葉を失った。
そこにある光景、それはメガピンクがスーツを徹底的に破壊され、素顔まで半分露わにし、手や足に枯れたツタを巻き付けた無惨な敗北の姿で仰向けに倒れていた。
そのそばにメガブルーが手にメガトマホークを握ってうつぶせに倒れている。
「みく!」
「瞬!」
千里はみくに、男2人は瞬に駆け寄り、抱きかかえた。千里の胸に抱かれたみくは千里の声と僅かな体の揺れでその目をゆっくりと開いた。
「……千里……?」
「みく、誰にやられたの!」
千里の言葉にみくは表情を変えないで、虚ろな目で宙を見続けた。そして小さく魂や気のない声で言った。
「メガ……ブルー……じゃない……よ…………」
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