初めてのロンググローブ


「今、帰りました」

 扉が開き、春奈が屋敷にせかせかと入ってきた。
 セーラー服のスカートと左右二つの三つ編みをバタバタと揺らしながらコート、カシミアのマフラーを外していく。

「おや、どうなさいましたか。旦那様も奥様も、冬美様もまだ宴からお帰りになっていらっしゃらないのに」

 扉の傍らに待つ使用人の婆やが抑揚なく訊き、春奈が脱いでいく物を受け取っていった。

「……体調が優れなかったので中座させて頂きました。熱っぽく風邪を引いたみたい……です」
「それはいけません。すぐにお部屋におかゆとお薬を」

 一瞬、婆やの目が輝く。春奈はその言葉にはっとして首を横に振った。

「それは必要ありません……軽い風邪ですから眠ればすぐに治ります」
「風邪はひき始めが肝要でございます。せめてお薬を」
「いりません! それと、すぐに眠るので朝まで私の部屋に誰も近づけさせないで下さい!」

 少し強く春奈はそう言うとがつがつと踵をカーペットに叩きつけるようにして歩いて自分の部屋へと向かっていった。

「そろそろ……お戻りでしょうかね」

 婆やは遠ざかる春奈の背を見送りつつ、そばに立つ振り子時計にちらりと視線を向けた。
 そして、そう呟くと両手に抱えた春奈のコートとマフラーをクローゼットへと運んでいった。


「はあはあはあ……」

 春奈の部屋。春奈は部屋に飛び込むとそのドアを閉め、鍵を掛けた。
 丸く華奢な肩を包むセーラー服の大きな衿がゆっくりと揺れる。
 きゅっと縛ったリボンの奥底にある心臓が激しく脈を打ち、彼女の息を乱す。
 それは今、屋敷の廊下を駆けたからではない。
 仮病で宴を抜け出てきた罪悪感からでもない。
 理由はただ一つ。
 春奈はスカートのポケットに手を入れた。

「はあ……はあ……」

 息が落ち着いてくる。するするっと春奈がポケットから手を抜くと、その手には黒く長い物があった。
 それが押し込まれていたポケットから全て出され、その姿が露になる。
 それは冬美の箪笥にあったあの、黒革のロンググローブ。
 慌ててポケットに押し込んでしわしわとなって蛇の抜け殻のようにだらん、となっていた。

「はあ…………」

 息は整うが心臓の鼓動は収まらない。
 全身の体温が急に上がっていく感覚を覚える。

「……どうして……わ、私……」

 春奈には何がなんだか分からなかった。
 この黒く、長い、学校や普段のお出かけに絶対嵌めないような手袋。
 ただの革の手袋なのに、長さが長いだけなのに体がおかしくなる。それも、体の奥底がうずくように、くすぐったさにも似た感覚が起きて全身を洗っている。

――嵌めたい。早く

 頭の中からそんな自分の声が聞こえてくる。
 このロンググローブを見つけてからずっと春奈を突き動かそうとする力と一緒に。
 宴の最中もずっと聞こえていた。しかし、それは冬美の物。表立ってつける訳にはいかない。
 春奈はずっと黙り込んで抑えつけていた。
 しかし、今は部屋に一人だけ。抑え付ける必要はない――。

「…………」

 強く聞こえるその声に春奈は小さく首を横に振る。
 怖い、これを嵌めたら私はどうなるの? さっき、嵌めたらもっとおかしくなった。
 嵌めるように囁く自分にもう一人の自分が諫めた。

「…………」

 怖い。確かに。
 でも。

 春奈はロンググローブを持ったままセーラー服の袖口を摘み、袖を捲くろうとした。しかし、何かを持ったままでは袖を上げる事も難しい。
 何度か袖を捲くろうとしたがすぐに袖は元の長袖に戻る。もどかしく感じた彼女はロンググローブを口に咥え、袖をささっと捲くっていった。
 肩口から二の腕の中ほどまで紺色のセーラー服の袖が腕を包み、そこから下は春奈の肌が露となる。

 私がどうなるか……嵌めてみないとわからない……。

 春奈は心の中でそう呟くとロンググローブを再び手に戻し、その口を己の左手に滑り込ませた。
 黒い生物的な何かが春奈の細い腕を飲み込んでいくように黒革が彼女の手から手首、腕と包み込んでいく。

「…………」

 柔らかななめした革が肌を撫で、しゅしゅっと滑りながら擦れる音を立てる。
 一度嵌められ、ポケットの中で慣らされたロンググローブは初めてその手に嵌めた時よりもすんなりと嵌められていった。
 それはまるで春奈の腕とロンググローブが相愛しあい、求め合い、互いを貪りあっているかのように。

「……んっ」

 ロンググローブの中指に彼女の中指が重なり合う。
 指の股、手首、腕。全てに革がまとわりぴたっと春奈の肌に黒革が吸い付いた。

「…………」

 きゅっ、とロンググローブの口を引っ張る。
 僅かに弛んでいた革がぴん、と張り、手首や指を心地良く締め上げる。
 そして、艶めく輝くその革。革の黒と光の白が織り成すその姿は美しくも怪しい。

「…………はあ」

 口を引っ張ったままで手を二、三度結んで開く。指に手首に無数の皺が生まれては消え、輝きも生まれては失せるを繰り返す。
 
「…………」

 くん、と細い喉が鳴る。
 とくん、と大きく胸が震える。
 体の中で何かが起きている。
 病気とかそう言った変化ではない、何かが。
 体の奥底、胸の辺りで火がつけられたように熱くなる。

 何かは分からないけれど、その何かを私が求めている。
 おかしなってもいい、それでこの感触を得られるのならば。

 春奈はロンググローブの口を引っ張っていた手を離すと、ロンググローブに包まれた手でもう片方のセーラー服の袖を捲くっていった。



「はあ……ん……くふぅ……」

 春奈はベッドの上で横になっていた。
 何かはわからない、ただそうしたい、そうしろと見ない何かが突き動かしているようにベッドで蠢いた。
 ロンググローブに肘まで包み込まれた右手を口元に寄せ、舌の先でちろっと舐め、唇で革の質感を貪る。

 なんなのですか、これは……私はこんな……。

 春奈の中で僅かにブレーキをかけようとするようにそんな声が響くがそれはただのBGM。
 突き動かされる彼女はただそれに従ってロンググローブの革を味わった。

「……んっ!」

 ロンググローブに包まれた右手が春奈の口と鼻を覆った。
 革の芳香が直にその鼻をくすぐり、鼻と黒革との間の空間がむん、と熱くなる。

「んふう……」

 春奈はとろん、と瞳を僅かに閉じると唇が静かに開き、黒革の掌をゆっくりと堪能するように舐めた。
 そして、同じようにロンググローブに包まれた左手が静かにセーラー服の胸を撫でる。

「んっ」

 ぷくっと小さく盛り上がった薄めの胸の頂上。ブラをつけているにも関わらずその上からでもそこが凝り固まっている事が感じられた。
 制服とブラの上から凝り固まっているそれをロンググローブが突いて弄ぶ。

「んっ……はあ……」

 だが、それにすぐに物足りなくなったのか、春奈の左手がセーラー服の大きく開いた胸襟から滑り込み、ブラに潜り込んで直接触れた。

「あんっ」

 喉の奥から普段出ないような甲高い声が上がり、背筋に電流が走ったかのような衝撃を感じてぴくっと弓なった。
 ブラの奥のそれ、春奈の乳首に僅か、ロンググローブの先端が触れただけなのに。
 既につん、と立ち上がった春奈の乳首。まだ刺激をほとんど与えられた事がなく、刺激に敏感なその部分が更なる刺激を求める。

「はあ……んはあ……」

 セーラー服の中で春奈はブラのカップを引き上げ、乳房を露にする。
 セーラー服の厚手の生地が乳首を撫で、全身にびくんびくんと刺激を送り出し続けた。
 春奈の手は露になる乳房に置かれて小指と薬指で乳首を挟み、残りの指が乳房を揉む。

「ん……あっ……ああ……」

 ぎこちない動き。しかし、彼女の求める物を未知の感触を追う貪欲な動き。
 薄く開いた口からは春奈の声がこぼれていた。

「……んああ……あ……」

 ずずっ、と春奈の脚が動く。静かにためらいがちに横へ開いていく。

 脚を開くのははしたない、やめなさい。

 そんな躾の声の記憶が一瞬、浮かんだ。
 しかし、それを聞こうと言う思いは再生されない。
 口元を覆っていた右手がゆっくりと動き、求められた次の動きを始める。

「はあ……」

 熱い吐息と共にロンググローブに包まれた右手がスカートを捲くり、その太股に置かれる。
 敏感な肌に革の冷たさが一瞬、置かれる。

「はんっ!」

 ぴくっとその冷たさに声が上がる。
 その感触はほんの一瞬、すぐにロンググローブは火照る春奈の体温を移し取って温もりを持った。
 
「はあ…………」

 熱く、甘い吐息。
 それと共にロンググローブの手が太股をさすりながらゆっくりゆっくりと上がっていく。
 そして。腿の付け根。白い下着に包まれたそこにたどり着く。
 そこは既に灼熱地獄のように熱気を帯び、何かに期待をしているかのようだった。

 こくん。

 春奈の喉が鳴る。
 今まで触ろうと思って触った事のない部分。
 意味もなく触ってはならないとされる禁忌の場所。
 しかし、今は違う。
 そこにロンググローブに包まれた手で触れて欲しい。彼女が求めているのではない。下着の奥のその部分が求めている。
 そして、その手も。
 
「あっ! ああんっ!」

 喉の奥から聞いた事のないような声が生まれ口から飛び出た。
 下着の上から春奈の秘所に触れたのだ。それだけで全身に今まで感じた事のないような快感が走った。

「な……なんなのです……これ……あっ!」

 しゅしゅっとロンググローブが彼女の秘所の形に沿って激しく動く。
 動くに連れて秘所はさらに熱を帯びていくのを感じ、同時に下着にじとっとした湿気を覚えた。

「こんなの……んっ! ああっ!」

 下着のゴムからロンググローブが滑り込む。
 薄い林を抜けて、剥き出しの春奈の秘所に黒革のロンググローブが入り込んだ。
 ロンググローブ越しにも分かるほどそこは濡れている。ぬるっとした感触、汗ではない別の液体が秘所からあふれ出し、侵入してきたロンググローブを迎える。

「くっ……んん……なんな……の……あっ!」

 ロンググローブが秘所で起こす津波のような快感。それを全身で浴びた春奈は背中を弓ならせ、肩をびくっびくっと震わせていた。
 秘所の周りをなぞるロンググローブ。しかし、どこまでも貪欲で好奇心旺盛なそれはそこで満足するはずもない。

「こんな……の……ああんっ! ああああ!」

 ぬるっと彼女の秘所にロンググローブの指が入り込んだ。秘所はすんなりと黒革に包まれた指を受け入れる。

「はい……ん……あっ……くぅう……あんっ」

 ぬち、つち……。
 はしたなくも猥雑な音が指の動きと共に立つ。

「あふっ……はあ……ああ……んあっ……はああ……」

 貪るように秘所の中で指が動く。動くたびに生まれる新たな感触、快感。
 それを求めて指が動く。黒革が春奈の中で、春奈が産する彼女にとって未知の液体の中で。

「あっ……こん……き……気持ちが……ん……いい……!」

 唇を開いてガムを噛むようなくちゃくちゃとした音と春奈の荒い息遣い、そして甲高い声が部屋に響く。
 春奈は黒革のロンググローブによってその秘所と乳首を蹂躙され、操られるように快感を求める。

「あっ! ああ! お母様ぁ……お父様……お……おね……お姉様ぁあ……春奈は……」

 秘所を蠢く指の動き、乳房を動く手の動きが激しくなり、春奈の声の調子が上がる。

「はあはあはあ……こんな……いけない事を……んっ……でも……あっ!」

 秘所の秘裂を黒革が埋めるがその隙間からどんどんと春奈の液体が溢れてくる。
 開きっぱなしの口からは涎が一筋零れ、目尻からは一滴涙も零れていた。
 春奈は全てを解放し、己が欲望に従い、ひたすらに快感を貪る。
 そして、次の瞬間。

「あんっ……でも……こんな……気持ちがいいからあああああっ!」

 じゅぷっとロンググローブが秘所に沈みこみ、全身に凄まじいばかりの快感が走った。
 その刹那。春奈の全身から一気に力が抜け、幽体離脱でもしたかのような虚脱を覚えた。

「ああ……はあ……はあ……」

 くたっとなってベッドの上で春奈は沈み、肩と胸で深く息を繰り返す。


「はあはあはあ……」

 ベッドに沈んだまま、春奈は秘所を弄んだ右手をそうっと気だるそうに顔の前に持ってきた。
 ロンググローブに包み込まれた右手からはほのかに湯気が立ち、春奈の分泌液に塗れた黒革がさらに怪しげに輝いている。
 ゆっくりと手を広げる。
 黒革に覆われた指と指の間に分泌液が伸び、つーっと幾筋もの透明な橋をかけた。
 春奈はそれを見るとこくん、と喉を鳴らし、手を唇に寄せてぺろっ、と舐めた。

「……はあ……」

 革と共に淫靡な自分自身を味わう春奈。
 その顔には快感を知った者だけが浮かべる事の出来る、大人びた笑みが浮かんでいた。



 そんな春奈はまだ気付いていなかった。
 いつの間にか、この部屋の鍵が開けられている事を。

「この家の女の運命からは逃れられないのです……春奈」

 そして、その向こうで姉の冬美が同じような笑みを浮かべて立っている事に、その手には黒革のロンググローブがある事に。
 
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