憧れのロングブーツ V

「…………ふう」

 彼は馬房に入り、寝藁を片付けていた。
 汚れ、くたびれた藁を手際よくかき集めて取り除き、新しい藁を敷き詰める。

「よし」

 薄暗い馬房の中が黄金色の藁で照らし出されているかのように見える。
 こう言うのを見るとこの藁の上に飛び込みたくなる衝動に駆られるが、それに身を委ねてはいけない。
 なにせ、この馬房には。

(お嬢様も馬も怪我しなければいいんだけど……)

 あのお嬢様の愛馬が入るのだ。
 今、その馬は彼女を乗せて銀世界の上を駆けているはず。

「…………お嬢様……」

 彼はぽつりとつぶやくときゅっ、と右手に拳を作った。

 ◇


「おはようございます」

 今朝方。
 日が昇り、雪原から霧のように粉雪が舞う中。
 厩舎に彼女が表れた。

「あ……」

 馬房の影から目にした彼女の姿。
 愛用のベルベットのヘルメットを被り、赤いウォームジャケットを纏い、腰から下のラインを寸分の狂いもなく浮き立ている純白のローライズのキュロット。
 そして。
 こっ、こっ、こっとリズミカルに踵を鳴かせている漆黒の革のジョッキーブーツ。
 彼女が小さな歩幅で清楚に歩いているにも関わらず、黒革が差し込む朝日を照り返し、足首や甲に不規則な艶を浮き出させる。その艶めきは何とも言えぬ淫靡な魅力があった。
 性的な魅力に満ちたジョッキーブーツ。その動きがぴたりと止まった。

「よしよし……元気そうですね……」

 彼女の愛馬の前に立ち止まった。彼女は愛しそうに愛馬の首筋をぽんぽんと叩き、撫で、優しく話しかけた。

「大切に……大切にされているのね……」

 ぽんぽんと首筋を叩くとさっと振り返った。

「私の馬を大切に世話をしていただいてありがとう。感謝しています」
「もったいないお言葉」

 彼の父親が畏まりながら頭を下げた。

「…………」

 彼は馬房の影に隠れ、彼女の存在に気づいていないように箒で床を掃いた。
 こっ、こっ、こっ。
 ジョッキーブーツの踵の声が近づいてくる。
 こつっ。
 そして、彼の背後で止まった。彼は一瞬、作業の手を止めたがすぐに箒を動かし始めた。

「……あの……ありが……とうございます……」

 そんな彼の背中を弱々しい彼女の声が撫でた。
 何かが詰まってその隙間から出てきたような声。彼の父親にかけた、慈愛に満ちた鈴の音のような声ではない。
 彼は初めて手を止めたが振り返りはしなかった。

「お、お嬢様……よくこんな雪の中を……」
「は、はい……その……あ、あの子に会いたかったですし……それに、気分が……優れなかったので乗馬をして気を晴らそうと……」
「そ、そうですか……」

 彼は振り返らない。いや、振り返れない。
 欲望のまま押し倒し、己の汚らしい性器を見せた上に触らせ、ジョッキーブーツに射精をするところを見せた女性の顔など正視できる訳もない。
 さらに言えば。その彼女が履いている、艶が美しいそのジョッキーブーツには彼が彼女を思いながら精を混めた手入れを施している。
 それを彼女が履いている。彼女の脚に吸い付くようにその黒革が纏われている。
 背中を向けた彼は俯き、異様に早い鼓動を聞きつつ、かあっと上昇する自身の体温を感じていた。

「…………」
「…………」

 わずかな沈黙が交錯する。
 互いに何かを言わなければいけないと思っている。
 しかし、何を言えばいいのか、何と言えばいいのかどちらともわからない。
 交わる沈黙の中でくん、と彼がつばを飲み込んだその時。

「お嬢様、準備ができました」

 彼の父親の声がした。彼女は声の方を見ると愛馬の頭に頭絡が嵌められ、轡から手綱が伸び、背中に鞍が乗せられていた。

「ああ、ありがとう……あのっ」

 彼女が馬に向かおうと踵を返した。そして、彼に何かを告げようとしたがすぐに口を噤んでしまった。

「……いえ。なんでもありません。また、後で……」

 囁くような声でそう言うとジョッキーブーツの踵の声が遠ざかり始めた。

「……何をやっているんだ」

 遠ざかる踵の声を聞きながらぽつん、と彼は呟いた。


 ◆

 彼女が乗馬に出てどれほど経ったか。
 そろそろご帰還の頃合いかと思って外を見た。

「……と」

 雪がちらつき始めていた。山の方を見ると濃い灰色の雲が山頂を覆い始めている。
 彼はそれを見るやすぐにブラシや洗い水を用意し始めた。
 遠くから雪を踏む音、大きな呼吸をする音が聞こえてくる。
 彼が音の方を見ると。
 馬に跨った彼女がリズミカルに馬を歩かせて馬房へ向かわせていた。

「…………」

 彼は何も言わずに厩舎を出て馬と彼女の前に姿を見せた。

「…………」

 彼女は彼を見ると馬上ではっとし、わずかに視線を逸らした。
 彼もぽっと胸元に何かが引っ掻かったような感覚を覚えて視線を馬の足元に落とした。


「…………」
「…………」

 馬を水で洗い、強くブラッシングをする音が厩舎に響く。
 彼は彼女が乗っていた馬に強くブラッシングをかけている。一心不乱にブラシでなだらかな線を描くその背をこすった。
 馬の背からはほのかに湯気が立ち、時折気持ちよさそうに鼻を鳴らしてとろーんとした目を見せている。

「…………」

 ブラシの手を止めてぽんぽんと首筋を叩いた。

「ごくろうさん、な」

 そう囁くと馬はぶるん、と首を振って水滴を弾き飛ばした。

「…………」

 洗い場から馬をゆっくりと厩舎に曳いていく。

「…………」

 厩舎のそばの出入り口に後姿の人影があった。
 馬の背のなだらかなラインにも似たライン。
 馬のたてがみにも似た黒くサラサラの髪。
 馬の後肢にも似たきゅっと引き締まった脚に盛り上がったヒップ。
 そして、馬には似合わない、彼女にしか似合わない黒革のジョッキーブーツ。

「…………」

 そこには彼女が馬房に背を向け、立ち尽くした様子で外を見つめていた。
 彼女が馬と共に戻ってきた時にはちらちらとしか降ってなかった雪がいつの間にか風と共に強くなり、外に出るのが憚られるような天候になっていた。

「…………」

 彼はそんな彼女の後姿をちらちらと見ながら馬を馬房に入れた。
 入れ替えられ、新しい黄金色の藁の上に立った馬は気持ちよさそうにその藁を踏みしめて動いた。

「……本当に」

 外を吹き抜ける風に乗せるように言葉を吐き出した彼女がこつ、とブーツの踵を小さく鳴らして振り返った。
 こっこっ、と厩舎にブーツの踵を小さく響かせながら馬房に近づき、中に入った馬を見つめた。

「よくお世話をしてくださってますね。今日、この子に跨ってよくわかりました……元気ですし、毛並みもいいですし」
「は、はあ……ありがとうございます」

 彼女の言葉に彼が馬から視線を外さずにぼそっと早口で返した。
 彼女は馬を見つめる瞳をちらっと彼に向けた。

「……お世話をしているのは……この子だけではないのですよね」
「え、あ、はい。旦那様の馬も……」
「それもそうですけど……」

 ふと、彼女が足元に視線を落とす。

「馬具もお手入れをしてくださっていましたね。鞍も手綱も鐙もピカピカでまるで新品のようでした……そして……ブ……ブーツも」

 ぽっ、と彼女の頬が赤く染まる。
 彼もブーツと言う言葉が出た瞬間にぴくっと肩を震わせ彼女と視線を合わせまいとするように顔をそむけた。

「い……いや……あの……す、すみません……」
「謝る必要はありません……その……うまく言えないのですが……お手入れしていただいたブーツを履いているととても温かいと言うか……体全体が熱くなると言うか……あの……えっと……」

 彼女はブーツをこすり合わせるようにもじもじと脚を動かしながらぽつぽつと言葉を紡ぐ。

「お手入れをとてもよくしてもらっている事がよくわかるのです……」
「いえ、あの……お手入れなんて……そんな……あれは……あの、汚しているような物だから……」
「いいえ……ブーツを大切に思っての事ですから……汚すなんてとんでもありません……」

 視線も合わさず、顔も向けず。彼女は足元を、彼は天井に向けて言葉を紡ぎ続けていた。

「…………」
「…………」

 会話が途切れる。
 風が雪で板壁を叩く音と藁を踏む馬の足音がやたらと厩舎に響いた。

「……あのっ!」

 そんな中で不意に彼女が大きな声を上げた。思わず彼はびくっと肩を震わせて彼女を見た。

「…………!」

 目の前の彼女。
 長い黒髪、ぽっと赤く染まる頬、丸い肩。
 赤いウォームジャケット越しに見える胸の膨らみ、優美な脚線、そして、怪しく黒光るジョッキーブーツ。
 見た瞬間に自分の頭の中が男としておかしくなってしまう。
 それくらいに美しく、可愛らしく、そして艶めかしい。
 だが、目を逸らそうにも一度目の中に入ってしまった彼女を外すことはできなかった。

「……お嬢様……」
「本当に……本当に馬も馬具もブーツもよくお手入れしてくれて感謝しています……私……どんなお礼とかすればいいかとかわからなくて……私の方が申し訳なくて……」
「……いいんです」

 ぽつり、と彼の口から言葉が毀れた。

「お嬢様がお礼とか考えなくてもいいんです……ただ……お嬢様の馬や馬具のお手入れができれば……十分なのです……」
「そんな」

 彼女が切なそうな顔を見せる。
 もう、無理だ。
 彼の中でそんな声が聞こえた。
 そして、彼はそっとしゃがみこみ、彼女のロングブーツの前に跪いて軽く手を震わせながらそっと、触った。
 彼女の脚を包み込むジョッキーブーツ。
 主のない、空虚なその黒革に何度も自分の精を注ぎ込んできた。
 しかし、今は主、彼女の脚がある。そのぬくもりが伝わっているような感覚を彼の指先は覚え、愛しそうに撫でた。

「……その……お嬢様……ブーツ……が少し汚れているようです……あの……すぐに手入れをさせてください……私はそれで……」
「…………はい」


「…………はあ」

 熱い吐息を彼がジョッキーブーツに掛ける。外気に凍えている黒革が仄かに温もる。
 それについていた砂や泥をそっと拭い取る。ぼんやりとくすんで白い蛍光灯の光を湛えていた黒革がぼうっと怪しく輝いた。

「…………」

 彼は輝く黒革にそっと唇を寄せた。
 わずかにひんやりとした冷感が唇を摘まんだがすぐに消え、じわりと本革のぬくもりが伝わり始める。

「…………」

 唇の間から舌を出す。
 湿潤なその舌先が動き、しっとりとした黒革に更なる潤いを与えて行った。

「はあ……」

 舌と唇から伝わる黒革の質感。
 拭い、撫でまわす手から伝わる革の奥の、彼女の脚の質感。
 彼女の留守中の手入れとは格段に違う。感じる質感が、温もりが、胸の高鳴りが。

「…………」

 彼女は何も言わずに彼を見つめていた。
 馬の入った馬房の隣。藁を置いておく物置代わりの馬房の中、彼女は藁の上に座り、脚を投げ出してジョッキーブーツを彼に差し出していた。
 足元に縋り、その脚を抱きしめるようにしてジョッキーブーツを愛しく手入れをする彼の姿。
 ジョッキーブーツの革越しに覚える彼の手や下の感触。時折聞こえる彼の熱く荒い吐息。そして、陶酔したかのような顔。

「…………」

 自分はただいつもの乗馬服を着て、ジョッキーブーツを履いて脚を投げ出して―少しはしたないけど―座っているだけ。
 それなのに、胸の高鳴りが止まらない。動悸のように心臓が早打ちをし、彼女の口からも大きく熱い吐息が毀れる。
 それはそう、昨日お風呂に入る前にこの恰好をした時と同じ感覚。頭の中が真っ白になって、何がなんだかわからずに大切な部分を机に押し付けていた、あの時と同じ。
 いや、それよりももっと強く、熱い。体の中が、頭の中が、そして、大切な所が熱い。触ってもないのになぜか、熱い。

「…………」

 彼女は静かに息を大きく一つ吐いて膝を曲げた。
 ジョッキーブーツの底が藁に擦れる音とわずかに革が鳴く声。足首に無数の筋の谷が生まれ、蛍光灯の光を不規則に黒革が弾く。
 彼もその動きに合わせるようにジョッキーブーツと共に動く。

「……あの」
「…………?」

 囁くような彼女の声に彼の動きが止まる。

「もっと……貴方に近づきたい……もっとお手入れをよく見たいです……あ……あの……時のように……」
「……しかし、あの、お嬢様……」
「お気になさらないで……お手入れを……」

 彼女の願いを無碍にする選択肢など彼にはない。
 彼はそっと体位を変えた。
 目の前には彼女の脚を包み込むジョッキーブーツ。そして、彼女を跨いで下半身が彼女の眼前に来る体位。
 あの夏の雨の日と同じ体位だった。

「……はあ」

 彼は彼女のジョッキーブーツの手入れを続けた。
 彼女の脚、ジョッキーブーツに頬擦りをし、優しくさすり、口づけをする。

「…………」

 その様子が体位を変えた事で彼女にはさらによく見えた。
 そして、目の前でもぞもぞと蠢くように動く彼の下半身。その一部分が盛り上がっている。

「…………」

 彼女はその盛り上がっている部分に手を伸ばした。そこにはズボンのジッパーがある。
 それに彼女は手をかけて静かに下ろした。

「! お嬢様……!」
「……つ、続けてください……」

 ジッパーの開いた口からトランクスの前開きを開く。するとぶるん、と固く反り上がった彼が顔を出した。
 狭い中で押し込められていた物が解放されてせいせいとしているようにそれは屹立している。

「…………」

 彼女の澄んだ漆黒の瞳に映るグロテスクとも言える剥き出しとなった彼。
 彼女はそれを見つめたまま、革の手袋を嵌めたその手でそれに触れた。

「……熱い……」

 革の手袋からも伝わってくる彼の熱。
 彼も熱くなっていたのだ。自分と同じように。

「…………」

 彼女は彼を両手で包み込み、静かに手のひらで滑らせた。

「……ぅ」

 彼の喉奥からうめくような声が出る。
 手の中の彼からは透明で粘着性のある液体がにじみ出て彼女の手袋を濡らす。

「固い……熱い……」

 その形、熱さ、固さ。
 手袋越しに伝わる彼に彼女の胸の高鳴りはさらに強くなる。
 ゆっくり、ゆっくりと彼女の手が彼を扱く。彼が彼女のジョッキーブーツをそうしているように。

「……お……お嬢……さま……」
「…………」

 彼女の手の中でそそり立つ彼は彼女の静かで優しい動きにぴくっ、ぴくっと震えるように動いている。
 彼の吐息が荒くなっていくのを見ながらそれらが嫌がっている反応ではない、と彼女なりにわかった。

「……私……あれから……ずっと考えていたのです……」

 彼を両掌で挟み込んで優しくさすりながら彼女が囁く。

「馬やブーツをこんなにも愛していただいているあなたに……喜んでもらえるような……相応しいお返しがしたいと……」
「お嬢様……はあ……そんなこといいのです……お嬢様のブーツをお手入れするだけで……」
「いいえ……そう言う訳には……だから……」

 彼女の手の動きが止まる。

「その……だ……男性の事も……す、少しだけ調べました……えっと……ま、前みたいに……その……し……いを……すると……あの……喜ぶと……」

 射精、と言ったのだろうか、言葉が極端に薄まって聞き取れない。
 彼がジョッキーブーツから彼女を見る。
 彼女の珠のような肌は茹で上がったように紅潮し、視線をわずかに逸らしている。
 彼の視線に気づいたのか、彼女がちらりと彼を見た。 

「……で……ですか……ら……あの……貴方が喜びを感じるような……その……お礼を……」
「ですから……お嬢様が楽しく乗馬をしていただけれ……ば……ッ」

 彼女の手が再び動き出す。今度はさっきよりも強めに摩り始めた。

「そう言う訳には……あ……あの……ブーツのお手入れを続けて……ください……」

 そう、彼女が言うと急に膝を曲げた。
 彼は少しだけ動いた彼女のジョッキーブーツに合わせるように体位を少しだけ、ずらした。

「……お嬢さ……まっ!」

 そして、次の瞬間。彼の全身に電流のような、感じた事もないような物凄い衝撃が走った。
 それは突然、熱くもなく温くもない、絶妙の湯加減のお湯に沈められ、自分の弱点ともいえる一番敏感な部分をくすぐられているような。そんな感覚。
 頭の奥底で異常事態を知らせる鐘がぐわんぐわんと鳴り響くような、とにかく頭の中が大混乱に陥っている。そんな状態だった。
 彼はその不思議な感触の震源地を見た。

「お、お嬢様! い、いけません! そんな……そんなのを……」

 そこで見た物。

「…………」

 剥き出しになっているはずの彼。自分でも痛いくらいにわかる程に屹立しているはずの自分自身。
 それが見えない。彼女の手と口によって。
 彼女の右手は彼の根元に添えられ、そこから先は彼女の小さな口全体が包み込んでいた。

「お嬢様……いけません……やめ……やめてください……!」
「…………」

 彼の制止も彼女は聞かない。
 彼女はきゅっと目を閉じ、彼を口に頬張って扱くように前後に動いた。その口の中では彼女の舌が彼の裏から側面、先端を舐めていた。
 彼の先端から出る分泌液をすべてなめとろうとでもしているかのように舌が蠢いた。

「…………」

 彼女の舌の動きはなんだかぎこちない。ちろちろと一か所を舐めるとピタッと止まって軽く考えて別の場所を舐め始めたり、舐めた後次に舐める場所を求めるようにあたふたと動いたり。
 そして、彼を包み込む小さな唇。上唇と下唇が新品の綿が入ったクッションのように包み込み、静かに彼を撫でまわした。

「お嬢……さ……あ……まあ……」
「……ん……んん……」

 彼のジョッキーブーツの手入れが止まり、喘ぐような吐息と声が毀れる。
 彼女はきゅっと両目をつぶったまま、口の中一杯にいきり立つ彼を口で愛撫し続けた。
 口角からはじゅぷじゅぷとはしたなく彼女のか彼のかわからない透明な分泌液が毀れ、頬を伝っても気にせずにひたすら彼に口で尽くす。

「ん…………ん……」

 こもった声が彼に塞げられた口から洩れる。
 彼女の中にあるはずの声や動きを司る部分は完全に麻痺し、脳の髄からしびれるような感覚を発しながらただ彼を咥える事だけに集中していた。
 そして、そのしびれるような感覚は脳の髄と同時にもっと下。キュロットと下着に包まれた彼女の秘所からも生まれていた。
 むずむずと何かを求めているような感触。かあっと全身のどこよりも熱く感じるその体温。
 空いている彼女の左手がそうっとその秘所の上に伸び、キュロットの上から訳も分からずに擦り始めた。
 下半身も頭も何が何だか。
 とにかく、異常な発熱と感触でどうかしてしまっているかのようだった。

「はあ……お嬢様……なぜ……そ……くぅ……そこまで……」
「んん……ん……んん……」

 いつもより高い彼の声と彼女の籠った声。時折漏れるちゅっ、ぴちゃっと言う淫音が厩舎に響く。
 馬が時折嘶いたり、壁にぶつかったり、床を踏みしめたり、風が壁を叩いたりする音もあったが二人には全く届いていなかった。
 彼は剥き出しの彼から津波のように襲い掛かる快感とも言える感触に洗われ。
 彼女はただ夢中に彼を優しく愛しくその口で愛撫をする。
 2人の研ぎ澄まされた神経が重なり合って2人を結びつけていた。

「……お嬢様……あ……あの……も、もう……」

 急に彼の声のトーンが落ちる。
 彼女の口の中の彼もぶるぶると震えるように動く。

「お……お口を……離……離してくだ……あっ……も……もう……出……」

 彼は我慢の限界に来ていた。
 ぎこちなくもあたたかく、愛しいその口と舌の動きに彼がびくんびくんと感じ、涎を彼女の中でたらし続けていた。
 しかし、もうそれでは収まらない。
 もっと奥の、もっと濃い、もっとたくさんのたまっている物が噴き出しそうになっていた。

「ん……んんっ……んんんっ!」

 しかし、彼女は彼を離さない。

「お嬢様! だ、ダメで……あぅ……あっ……もうダメ……出ます……出てしま……う……くぅ……お嬢様!」

 彼の声の調子が上がっていく。
 それに伴うように彼女の動きも大きくなっていった。
 唇と口内で扱く動き、舌で舐める動きすべてが。そして、それが何を示しているのか、彼女が何を求めているのか。
 彼にはそれが一瞬、信じられなかった。わからなかった。考えられなかった。

「お嬢様……お嬢様ああっ! 出る……出……あっ……ああっ!」
「!」

 どんな状況かは見る事ができない。
 しかし、彼は確実に体内に貯まっている何かが一気に放出される感覚を覚えた。

「んんんぅっ! んっ……ケホッ! ケホッ!」

 その瞬間、きゅっと閉じていた彼女の両目がかっ、と見開いた。
 口の中でパンパンに張っていた彼の先端からどくどくと生暖かくどろっとした物が吹き出て彼女の口の中を満たす。
 そして、噴き出したそれが彼女の喉奥をくすぐった。
 彼女はぱっと彼を口から離し、俯いてむせこんだ。

「お嬢様!」

 彼は剥き出しの自分をしまう事も忘れてむせこむ彼女を抱き起した。

「けほっ……はあはあはあはあ……」

 彼女は荒く肩で息をした。ぼんやりと開いた口角からは白濁液が彼女の涎と共に垂れ落ち、床についている黒革の手袋に包まれたその手の甲にぽたりとおちた。
 そんな彼女に彼はなんと声をかければいいのか。
 理由を問いただすか、謝るか、まさか怒るか。
 オロオロとしたかのように彼女の俯いた顔を見ていると彼女がそっと顔を上げた。

「……す……みません……こ……こん……こんな事しか……」
「こんな……って……」

 彼女は唾液と汗と精液に塗れる口をそっと閉め、薄い笑みを浮かべた。

「男の方を……喜ばせる……私にはこれが限界なんです……操は守らねば……なりません……し……」
「いや、その……これも……」

 十分に操を穢されているようにも思える。
 事の重大さに彼はただおろおろとするように言葉を詰まらせ続けている。
 彼女はそっ、と口角から顎に伝わる彼と彼女の分泌液をそっと右手で拭った。

「それに……」

 黒革の手袋が彼女の口の周りを静かに拭う。

「あの時からずっと……思っていたのです……あの子やこのブーツをこんなに素敵にお手入れしていただいている……貴方に……わ……私もお手入れされると……どうなるのか……と」

 そして、拭い取った分泌液を彼女は黒革の手袋が包み込む指の上でこすり、つーっ、と糸を引かせるようにして伸ばした。

「特に……ブーツをこんなにも美しくしてする貴方のクリームを……私もつければ素敵になれるのではないかな、と」
「お嬢さ……」

 彼、絶句。普段あまり冗談など言わない彼女がこんな軽口を口にするとは。
 しかし、なぜだか急に、無性におかしく感じてきた。
 おどおどとしていた彼の表情が次第に緩み、笑顔へと変わって行った。

「……その前に……」

 彼は力を失ってだらん、とズボンの窓から垂れ下がっている彼を手にした。先端はまだ白濁液がついている。

「まだ途中です……ジョッキーブーツをお手入れさせていただきます」

 そう言うと彼の先端を静かにジョッキーブーツの黒革に口づけさせ、白濁液を漆黒のカンバスに塗りつけた。

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