憧れのロングブーツ U
「暖かい……お部屋を温めてくれていたのですね。ありがとう」
雪に覆われた別荘。その一室に彼女が入った。ふわん、と暖房の優しい温かみを頬に感じ、冷えてしかめていたその表情が次第に緩んでいった。
「今日はとても寒いですからね。まだお寒くはありませんか?」
「大丈夫ですよ」
別荘の管理を任せている白髪頭の女性に彼女が微笑んだ。
彼女は部屋に入ると部屋の片隅にある椅子に座り、そのそばの机に向き合った。
管理人の女性が手にしている彼女の鞄を部屋の片隅に置き、小さく首を傾げた。
「それにしてもお嬢様。真冬にこのような所へいらっしゃるとは……お家にいらっしゃった方がよろしいのでは?」
「いいえ。お家はお父様もお母様のお仕事やパーティーで何かとバタバタして……冬休みのお勉強をするには少々落ち着きませんから」
椅子に座った彼女が机越しに窓を見る。
夏には緑に覆われるその景色が真っ白な雪と黒っぽい木の幹が立ち並ぶ見事なモノトーンに変わっていた。
鳥のさえずり、木々の揺れる音もなく、静かに雪が降るだけ。色も音も極端に少ない世界が広がっていた。
管理人は彼女の言葉を聞くと静かに頷き、じっと外を見つめる彼女を見た。
「左様でございますか……お食事のご用意ができたらまたお呼びに参ります。それまではごゆっくり……」
「あ、ちょっとよろしいですか?」
窓を見つめたまま彼女が呼び止めた。
「何でございましょう?」
「あ……えっと……元気でしょうか……あの子は……」
管理人に背を向けている彼女の顔は見えない。しかし、向かい合っている窓には躊躇いがちな、普段あまり覚えないような感情が浮かんで途惑ったような顔が浮かんでいた。
「はい。元気でざいますよ。家の者がしっかりとお世話をしておりますから。お嬢様の馬でございますからね……お勉強の息抜きにお会いになってみてはいかがでしょう?」
管理人の言葉に彼女ははっ、と肩を揺らして小さく首を横に振った。
「いえ……急にここへ来る事にしたので準備などできていないでしょう……それで会うのは可哀相……」
「ご用意は出来ておりますよ。それでは、お食事までお待ちください」
管理人はそう言うと静かにドアを閉めて部屋を後にした。
「準備……」
彼女は思いついたように椅子から立ち上がり、壁際に立つ亜麻色の衣装棚の前に立った。
そして、ゆっくりと観音開きのその戸を開いた。
「……本当に……」
衣装棚の中には乗馬用のヘルメット、赤いジャケット、純白のブラウス、淡い白の乗馬ズボン、革の手袋がきちんと整えられて掛けられていた。
彼女は視線を足下、衣装棚の一番下に下ろした。
「……こんなにもお手入れしていたのですね……」
そこにはきちんとそろえられて立っている彼女のジョッキーブーツがあった。泥はもちろん、埃一つついていない、もう何度も履いているはずなのに新品とほとんど変わらない状態が維持されていた。
何よりも。
部屋の灯りで仄かに光を湛えるその黒革。新品以上の艶と質感があった。
彼女の脚がブーツに包まれ、動く度に刻み込まれた皺は傷にもならずにまるでジョッキーブーツの飾りとして存在しているよう。ブーツの革が使用感に馴染み、新品にはない美しさを醸しだしていた。
彼女はその場にしゃがみこみ、そっとジョッキーブーツを撫でた。
「……大切にしていただいたのですね……」
彼女はそうジョッキーブーツに話しかけるときゅっ、と口元を引き締めて一つ頷いた。
「私からちゃんとお礼を言わないと……」
そして、そう呟くと静かに扉を閉めた。
しばらくして。
食事が済み、彼女は机に向っていた。
教科書を見ながら辞書を引き、さらさらとペンをノートに走らせる。しん、とした部屋の中で頁がめくられる音とペンが走る音だけが響いた。
「……ん?」
そんな静かな中、全く違う音が彼女の耳に入った。
それは遠くから生まれた音でかすかな物。夏だったら虫の声や風の音で掻き消えてしまいそうな細い音だった。しかし、全てが澄み切り、少しの振動でも敏感に震える冬の空気がその音を窓越しに彼女の耳に届けた。
彼女は手を止め、持っていたペンをノートに倒すと息を止めて耳を済ませた。
……ーン
人の声では出せない、高い音。胸の奥を揺さぶるような生き物の声。
……ヒーン……
「……あの子の……声」
それは確かに馬の嘶きだった。彼女はそれに気付くとふっ、とその顔を緩めた。
「ここまで聞こえるのですね……あの子……私が来たってわかってるのでしょうか……」
くすっと笑う彼女。夏、愛馬に跨ってこの辺りを歩き回った記憶が蘇る。
だが、それと同時にもう一つの記憶も蘇った。
「……では……あの方も……」
馬と共に蘇った記憶。それは馬丁の少年とのあの一瞬の記憶。
馬小屋に押し倒され、真正面から見据えられたあの記憶。異性にあのように真正面から見据えられた事も、掴まれた事も、そして、押し倒された事も。何もかもが初めてで何がなんだか分からなかったあの瞬間。ただ、訳もわからず勝手に心臓が荒れ狂ったように早く打ったあの時間。
「……男性は……女性を見るとあのように猛々しくなるのでしょうか……私だけではなく……」
その時、初めて目にした男性の性器。
物心が付いて以降、目にした事があるのは馬のそれであり、それも見た瞬間に「見てはなりません」と無理矢理に顔を背けさせられてほんの僅かに見ただけ。
その「見てはならない」物をあんなにも近くて見て、よく見たあの記憶――。
夏の思い出のはずなのだが今でも鮮明に頭の中で再現されている。
彼女は溜息を一つ、つくとそっと、自分の右手を見た。
「あんな熱くて堅くて……男性は不思議……」
見た記憶だけではない。
それを触り、握り、動かした記憶。その手にはあの熱さ、堅さがまだ残っていた。動かす度に喘ぐような吐息をする彼の姿も一緒に浮かぶ。
触っているうちに先端からぬるぬるとした透明な液体が浮かび、最後は白濁した液体がジョッキーブーツに飛び散った。
黒革のジョッキーブーツに散り、だらりと流れ落ちる白濁液。夜空の流星のように軌跡を描き、漆黒のキャンバスに白い筋を描いて――。
「……また」
彼女ははあ、と一つ溜息をつくと記憶が残る右手に軽く拳を作って自分の胸元に添えた。
彼との記憶が蘇った、それは誤りかもしれない。
蘇るも何も、あの日からほとんど毎日のようにあの記憶が頭の中で再生されるのだ。まぶたを閉じれば押し倒した彼の顔が、耳を澄ませば彼の熱い吐息が、拳を作れば熱い彼自身の感触がいつでもどこでも再現された。
それは家でも、学校でもどこででも。その度にあの時のように胸が高鳴り、息苦しくなり、体温がかあっと上がっていく感覚を覚えた。
「……はあ……」
熱い吐息をと共に感じ始めるもう一つの感触。
体の奥底、どことは言えないがとにかく奥から生まれるむずむずっとした感触。耐え難い、耐えるのは拷問にも等しい何かの感触。
腰から下の力が抜け、体温がさらに上げるその感触に彼女はもう一つ溜息をついた。
「…………」
それを抑えるにはどうすればいいのか。
最初は分からなかった。わからず学校や家でただ耐えに耐え、悶えるだけだった。
しかし、今はなんとなく、わかる。最近、学校で見かけたあの方法。ませた友達から聞いた方法。多分、あれでいいのだろうと。
彼女は椅子から立ち上がると衣装棚の前に立ち、ドアを開け放った。
「…………」
そして彼女の手が乗馬服に伸びた。
「……んっ……」
椅子に腰掛けた彼女の脚が静かにジョッキーブーツの中へと滑り込んでゆく。
彼女に履かれる為に生まれたジョッキーブーツ。するするっと絹がまとわりつくように彼女の脚を黒革が包み込んだ。
かぽっ、と踵がブーツの底に収まるとぴったり、彼女の脚にブーツが吸い付き、きゅっと脚に適度な拘束感を与えた。
「……はあ……」
彼女は溜息をついた。
あの時と同じ格好。ここを離れてから毎日のようにあの記憶を再生していたが、実際にその姿まで再現する事はできなかった。
ブーツが脚を飾った瞬間、胸の鼓動は高まり、あの訳の分からない感触が強まった。
腰から下の力が抜ける、膝ががくがくっと笑う――。体温がさらに高まったかのように全身が熱くなり、うっすらと汗が浮かんだ。
そんな脚で彼女は立ち上がった。
「ふう……」
立ち上がった彼女の姿。簡単な部屋着からブラウス、上着、ズボン、そしてジョッキーブーツを履いた乗馬をする姿に変わっていた。
その出で立ちは、あの時、あの瞬間と同じ姿。
それを思うだけで彼女の体温はさらに上がり、胸が早く鳴り、息遣いが荒くなった。
彼女はこくん、と一つ唾を飲み込むと机の傍らに立った。
「……確か……ここを……」
そして、机向かい合うとそっとその角に近付き、彼女の大事な所をそっと押し当てた。
「……んっ」
机の角がズボンと下着越しに秘所を触れる。
「……はあ……」
彼女の口から熱い吐息がこぼれる。
それにあわせるように少し足首を曲げる。ぎゅむっ、とジョッキブーツが鳴き、机の角が乗馬ズボンに軽く食い込んだ。
「んんっ!」
びくっ、と肩が震えた。
机の角は二枚の布越しに彼女の秘所を的確に押し当てた。
「……こんなの……た、確か……」
熱い吐息を口からこぼし、彼女は彼との記憶とは別の記憶を手繰り寄せた。
それはある日の放課後。
生徒が粗方帰り、もうほとんどの生徒がいなくなった校舎へ忘れ物を取りに入り、ふと、音楽準備室を通りかかった時の事。
小さな物音を準備室から聞いて扉をほんの僅かに開いて覗き込んだ。
部屋の中には1人の女子生徒がいた。その生徒は机のそばに立ち、はあはあ、と荒い息を隠そうともせず、右手を制服の上から胸を撫で回しながらとろん、とした眼差しを浮かべていた。
よく見ると。その生徒はスカートをめくり上げ、触ってはいけない、女性の大切な所を机の角でゆっくりと擦り合わせていたのだった。
その机は普段、先生が使う机。その生徒は時折音楽の若い女性教師の名を口にしながら机の角に下着越しだが、大切な部分を擦り合わせていた。
(こんな……)
物凄いものを見てしまった彼女。しかし、その姿から目を離せなかった。
何かを学び取ろうと、何かの参考にしようとでも思っているかのように女子生徒の姿を見つめていた。
何かはわからないが、いつかは何かの訳に立つのではないか――彼女は無意識のうちにそう感じ、無言でその姿を見続けた。
「こうし……てっ! んんっ!」
さらに足首を曲げ、少しだけ動いた。机の角がさらにズボンと下着越しに食い込み、秘所を割るように真っ直ぐ動いた。
その瞬間、びくっ、と彼女の背中に電流が走り、甲高い声を上げた。
「な……なんですか……こ……れ……はあ……はああ……」
今までに覚えた事のない感覚。
彼女はゆっくりと、角を秘所に立てたまま動かしていった。
「はあ……こんな……はあ……これは……はあ……」
雪の中に音が消える冬の部屋。
彼女の静かに喘ぐ声と熱い吐息、そして、机の角が乗馬ズボンの股間を削る音が響く。
「はあ……ああ……はあ……」
そして、彼女の秘所が角と擦りあわされる度にジョッキーブーツが静かにぎゅむっと鳴いた。
あの日、彼がジョッキーブーツに溺れた日。このブーツの鳴き声が何度も響き、そして、その記憶が彼女を突き動かす。
何がなんだかわからない。
ただ、頭の中が徐々に真っ白になって行き、勝手に彼女の腰から下を動かしていた。
「あっ……ふああっ、あっ……」
角が彼女の上で何度も上下に動き、それに併せて彼女に何度も快感と言う名の電流を流した。
彼女はそれを求めるようにブーツを鳴らし、角と彼女自身を擦り合わせ続けた。
「こんな……事……はした……んあっ……ないの……あんっ、に……ふあっ」
彼女の動きが徐々に早くなっていく。
より強く、より刺激的な快感を求めるように、理性をふっとばし、本能で角に秘所を擦り合わせた。
「……はああんっ、と……あっ、とまりま……せ……んんんっ!」
びくびくっと肩が何度も振るえ、背中が弓なる。
いつしか、彼女の右手がそうっと上着から胸元に滑り込み、ブラウスとブラ越しに自身の乳房を優しく触った。
「ふああっ!」
びくびくっ、と彼女は大きくのけぞり、顔は完全に天井と向き合った。
「はあんっ、あっ、ああっ、あっ、あああ!」
口を開き、目はとろんと恍惚に怪しく光り、口角から透明な涎が一筋、こぼれた。
「くはっ、はあっはあはあはあ……ふあっああっあぅああ!」
本能のまま、彼女は彼女の性を角に擦りつけ、何度も快感を得る。
頭の中は真っ白。何も考えず、ただ、あの時の彼の感触と記憶だけが薄らぼんやり残った中で夢中に動いた。
淡い白の乗馬ズボンの角に擦り合わせている場所がじわり、とその色を沈めていく。
下着も既に彼女の性の雫で濡れに濡れ、乗馬ズボンにまで浮かび上がってきたのだった。
「はあはあはあはあ……ふあああっ……はあはあはあ」
彼女は夢中で角を擦り合わせ続ける。
彼との記憶を再生する度に生まれるあの感触、感覚。
それを止めるにはこの方法しかない、とわかっているように、夢中で動いた。
「はあっ、あっああっはあはあ……あっあんっ……はあああはあ……ああっあああっ!」
秘所から生まれる、これまで感じた事もない快感。
静かに揉みくだす乳房から生まれる感触。
あの時の彼との記憶。
それらが彼女を追い込むようにして動かし、ジョッキーブーツに幾筋もの皺を足首に刻みつけさせた。
「はあはあはあはあ……ああん……はっはっはあ……んああ!」
彼女の甲高い喘ぎ声がさらに高まった、その時。
「あっああああっあっあああっ!」
高い喘ぎ声を一鳴き、鳴くと不意に彼女の全身が硬直した。
そして、次の瞬間、全身から一気に力が抜けその場に倒れ伏した。
「ああ……はあ……はあ……あああ……」
びくっびくっ、と肩を軽く震わせながら床に転がった彼女。
重なり合ったジョッキブーツの革が擦れ合い、踵がぶつかり合いかつっ、と硬質の音を上げた。
「はあ……はあ……はあ……」
彼女は肩で息を繰り返しながらとろんとした目、半開きとなって閉じない口、力が全く入らない体で床に転がった。
「あ……はあ……」
彼女の右手がゆっくりとズボンのあの部分を触る。
「……大変こんな……子供ではないのに……」
かあっ、と彼女の頬が赤く染まる。
彼女は恥かしそうに両手で顔を覆いつくした。
「……お父様……お母様……ごめんなさい……私は……私……」
自分が何をしたのか、なぜこんなことをしたのかよくわからないが、なぜか両親への罪悪感が生まれていた。
なにかわからないが、とにかくふしだらで淫らな事をした事には変わりはない。
しかし。
罪悪感はあるが、後悔の念はなかった。
やらなければよかった、とは思わなかった。
「……でも……こんな気持ちの……いい……事……」
何かはわからないが、とにかく気持ちよかった。今まで感じた事もないような、物凄い刺激を感じられた。
なぜこんなことをしたのかよくわからない。
ただ言える事はしたくてやった。彼女の中の強い何か、彼女に制御が困難な何かが彼女にしたい、と指示を出してやった――。
「……これは…………一体……」
初めて味わう快楽の洪水。一体それは何か。
そう思ったその時、彼女の脳裏にまたあの時の彼の姿が浮かぶ。
屹立した彼自身を彼女が触り、擦ると彼は息を荒くしながら喘ぎ、そして白濁の液をジョッキーブーツへ散らせた。
「……私も……あれと同じ事……を……?」
彼女は顔から手を離すと、大きく息を一つ、吐いた。
「…………こんなにも気持ちのよい事……ですか……では……」
床の絨毯にごろん、と仰向けになる。
乗馬服にジョッキーブーツを履いたまま。それが自然な姿といわんばかりに両手と両足を投げ出して寝転がり、天井をぼんやりと見つめながらさらに呟いた。
「……お手入れのお礼も……これが……一番……ですね…………」
そう呟くと彼女はこくん、と唾を飲み込むと静かに瞳を閉じた。
「お嬢様、お風呂の準備ができました」
少し離れた所から管理人のそんな声が聞こえてきた。
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