憧れのロングブーツ

「あっ、降ってきた……」

 木造の建物の軒先で一人の男が空を見上げて呟いた。
 空は黒い雲が低く垂れ込めていた。つい1時間前までは抜けるような青空だったが、空の方で墨をひっくり返したらしく、山の方から一気にその色を一変させた。
 そして、程なくぽつりぽつりと空の色とは全く違う、透明な雫が落ちてきたのだ。

「もう降ってきたかあ……まいったなあ」

 ぽつりぽつりと落ちてきた雫は次第にぱらぱら、しとしととその量と音を変えさせていった。
 思った以上に早く強まっていく雨脚を見上げながら軽く顔をしかめて呟いた。
 ここは周囲を山に囲まれ、盆地のような地形の避暑地。天気の変化はこの時期良くある事。
 この地に住む彼にとっては天気の変化はある程度予測できた事態だったが、変化は予測できても急変までは予測できなかった。
 彼はちらっと腕時計を見る。

「……天気が変わるかもとお伝えしたけど……こんなに早く変わるとはなあ……」

 しかめ面のままでそう呟くとひとつ、浅い溜息をつくと建物から真っ直ぐ森へと続く道を見つめた。

「遠くに行ってないといいんだけど……でも、お嬢様のお気に入りの馬だから気分よく遠くまで行っているだろうなあ……」

 彼は道から視線を切り、背後の木造の建物に入った。
 建物の中には馬を留め置く厩が4つあり、そのうち2つに馬がそれぞれ一頭ずつ入って中でぼけーっと突っ立っている。
 彼は空いている1つの厩に入るとほうきで軽く中を掃くと、心配そうに浅い溜息をもうひとつ、ついた。

「ずぶぬれになってなければ……いいけど」

 ここは山間にある小さな牧場。
 牧場、と言ってもここには馬しかいない牧場。近所にある大きな別荘を持つ大金持ちが乗馬をする為の馬を繋養するための牧場だった。
 彼はほうきを置くと窓から外を見上げた。

「……あーあ……こりゃ、ダメだ……」

 雨は既にざーっと間断なく強く降っていた。
 薄い屋根を叩き、地面に水溜りを、森に薄いヴェールを作り、辺りの景色を変えていく。

「雨宿りできていればいいんだけどなあ……」

 彼が呟く。
 こんな降りの中を傘なしで出歩くのは無謀。せめてどこかで雨宿りをしてやりすごせればいいんだけど。
 そう思いながら間断なく雨を降らせる空を見上げた。

「暗くなる前に止んでくれるといいんだけどなあ」

 空の上にいるはずの天気を司る神に聞こえるよう、少し大きめに呟いてみた。
 するとその返事とばかりに雨の向こうから遠雷が聞こえてきた。
 彼は諦めの溜息をつくと首を軽く横に振り、再びほうきを手にして床を掃き始めた。

「……ん?」

 しばらく箒で床を掃いていたその時、雨音の合間に別の音が聞こえてきた。
 遠雷が近付いてきた? いや、違う音だ。
 雨が水溜りを叩くよりももっとはっきりと、大きく水溜りを叩く音。ばしゃ、ばしゃっとしぶきが激しく飛び散っているような音。
 彼ははっとして箒を投げ捨てて厩から出た。

「……お嬢様……!」

 雨に煙る森から1頭の馬とその背に跨り、雨を避けようと背中を丸くして捕まっている騎手が見えてきた。
 馬は厩が見えてくるとさらに駆け足を早め、牧場へと駆け込んできた。

「よーし、どうどう……」

 彼は真っ先に馬に駆け寄ると鐙を掴み、ぽんぽんと労うように首筋を叩いた。

「あ、ごめんなさい……こんなに濡れさせてしまって……」

 彼が馬の世話に神経を向けているとそんな声が聞こえてきた。
 彼ははっとして声の方を見た。

「本当は森で雨宿りをして雨をやり過ごしてから出ようと思ったのですが……その……」

 ずちゃっ、と小さな水溜りの上に馬から騎手が降り立っていた。
 黒のヘルメットから伸びる長い黒髪から乗馬服のジャケットとブラウス、乗馬ズボン、手にした鞭、そして黒革のジョッキーブーツまで全身全てを雨に濡らした、清楚な女性がそこにいた。
 彼はそんな彼女を見るとぽん、と顔を赤らめてそばにかけてあるタオルを掴んだ。

「あっ、お、お嬢様……! 申し訳ありません!」

 畳まれておらず、綺麗かどうかも分からないが彼はそんな事を気にする余裕もなくタオルを差し出した。

「謝ることはありませんよ……お天気はお空の気分。私達が完全に分かることはありませんから」

 タオルを受け取った彼女はそれが綺麗かどうかを確認する事なく、そっ、とその整った顔を拭った。
 肌に浮いた水滴をタオルで拭い取り、ぽんぽん、と黒髪を撫でながら駆け足で厩舎の中へと入っていった。
 彼女が屋根の下に入るのを見た彼はくん、と鐙を引いて馬を彼女が駆け込んだ厩舎に入れた。

「それよりも……この子も濡らして……」
「あっ、大丈夫ですよ。それより、お嬢様の方がずぶぬれで風邪を……」
「私は大丈夫ですから。この子が風邪を引かないようにお手入れを」
「わかりました」

 彼女はそう言いながら手にしたタオルを彼に手渡した。
 自分よりも愛馬に気をかける優しさ。
 彼は彼女の愛馬を見つめる少し心配そうな眼差しにとくん、と胸を一つ高鳴らせた。

「……よーしよし、来い」

 彼は少し大振りで彼女から視線を切り、ちちっと軽く唇を鳴らして馬をゆっくりと厩へと誘っていった。




「…………」

 馬の体に強くブラッシングをかけながらちらっと厩舎の出入り口を見た。

「…………」

 そこでは彼女が止む気配のない雨を前に立ち尽くしていた。
 長い黒髪に白いブラウスと白い乗馬ズボン、黒革のジョッキーブーツを身に着けてボーっと降りしきる雨空を見上げるその後姿はどことなく物悲しさを感じさせる。
 だが、それ以上に黒と白が作り出すコントラストが女性特有の優美な体のラインを彩り、なんとも言えない魅力を醸し出していた。

「…………」

 彼はこくん、と唾を飲み込むとブラシを置き、そっと彼女に歩み寄った。
 一歩一歩、あの魅力的な後姿に近付いていく。
 胸の鼓動は大きく、強くなっていき体の外にまで零れ出そう。
 もう少しで彼女に手が届くところまで歩み寄った、その時。

 ぶるんっ!

 突然、彼の背後から馬のくしゃみが聞こえた。

「えっ?」

 彼女が振り向く。そこにはさっきまで馬を世話していた彼がすぐそばにいた。
 彼女の真っ直ぐで澄んだ瞳が彼に向く。

 何をしようとしたんだ、俺は。

 瞳が向いた瞬間、罪悪感に近い感覚と胸の中が洗われたような感覚を覚えた。

「あっ、お嬢様……えっと……」
「ああ、あの子のお世話、終わったのですか?」
「はいっ……えっと、お嬢様が丁寧に乗っていたお陰でケガもなく……」

 浮ついた笑みとふらついた言葉。
 反射的に言葉を紡ぎ出す彼に彼女はにっこりと笑って首を小さく横に振った。

「私の乗馬はまだまだ下手です。あの子が怪我なくいられるのはあなたのお世話が行き届いているからです」

 彼女はにっこりと笑ったままさっきくしゃみをした馬に歩み寄り、そっとその顔を撫でた。

「あなたのお世話する馬は乗っていて気持ちがいいですね……他でも馬に乗ったりしますけど、ここの馬が一番です」
「いいえ! 滅相もない! 俺……いや、私はただお嬢様が乗る馬がみすぼらしくならないように……」
「私の為と言うよりも馬の為でしょう。乗っていて分かります……あなたは馬をとても大切に思い、大切にお世話なさっている、と」

 彼女の菩薩か女神かと言う澄んだ笑みが彼に向いた。
 彼はもう耳まで真っ赤。全身の血流が顔面に集中しているのではないかと思うほどの熱を感じていた。

「あ……っとありがとうございます……」

 そんな彼女の笑顔から離れようとするように俯いた。
 その視線の先には彼女のジョッキーブーツ。
 本革独特の沈んだ輝きを湛え、足首辺りには柔らかで自然な皺をいくつも浮かべさせ、ぴったりと脹脛から膝下までのラインを黒革で多いつくしていた。

 このジョッキーブーツは黒の本革で作られた一点物だったそうだ。
 彼女の為だけに、彼女の脚を飾る為だけに、彼女の脚を守る為だけに生まれてきたジョッキーブーツ。
 その役割を果たし、雨に濡れ、軽く泥で汚れていた。

「……あの、そのブーツ……」
「あ、ああ……汚れてしまいました……お家でお手入れしなければ……」

 彼女はそう呟くとそっと膝を曲げ、俯く彼の顔を見た。

「あの、確かあなたは鞍とか手綱のお手入れも……なさってますね?」
「え、ええ」

 はっとして彼が顔を上げる。膝を曲げた瞬間、ロングブーツが軽くきゅっと鳴いたがそんなの聞こえる余裕はない。

「よかったら……このブーツのお手入れもしていただけませんか?」
「えっ、そんな!」

 彼は心底驚いた。慌てて見た彼女の顔には冗談と言う物は見られない。
 彼女は続けた。

「あれだけ大切に馬のお世話をなさるあなたですから……このブーツも大切になさってくれるかなと思ったのですけど……いけませんよね。馬具や用具は自分で手入れをしないと……失礼しました」

 ころっ、と彼女が笑う。純粋でどこまでも澄んだその笑顔は最早彼の心に負担となっていた。
 理性がどこまで持つか。急に自信がなくなってきた。

「っと……ちょっと馬の様子を」

 一度落ち着こう。
 彼はその場を離れようとした。

「あ、何かあったのですか? 私も」

 その後を彼女が追おうとした。
 こっ、と篭ったロングブーツの踵の音がはっきり耳に入った。
 その瞬間、彼の中で何かが外れた感覚を覚えた。
 彼は数歩、歩くとその足を不意に止めた。

「お嬢様――」
「えっ――きゃっ!」

 彼が踵を返すと同時、背後にいる彼女の肩を掴んだ。そして、そのまま馬のいない厩に押し込んだ。
 突然の予期せぬ彼の動き。彼女は抗うことも出来ず、ロングブーツの踵を乱して慣らしながら厩に押し込まれ、そこに敷き詰められた藁の上に倒れこんだ。

「きゃんっ!」

 ばさっ、と乾いた藁の音と共に彼女の短い声が上がった。

「…………」

 彼は彼女を仰向けにさせるとそのまま馬乗りに覆い被さって彼女と向き合った。

「あ……い、いけません……」

 覆い被さって向かい合った瞬間、衝撃で閉じた彼女の目がぱっと開いた。

「……こ、このような事は……あの……」

 右手で胸を隠すようにブラウスの裾を掴み左手で乗馬ズボンのベルトを掴んで脚をぴたっと閉じて交差させながら彼を見つめていた。
 理性の外れた、獣と化そうとする男を目にしたのは、そして、優しいと思っている知った男の豹変を見たのも初めてなのだろう。
 澄んだ瞳が動揺に揺れ、頬を赤く染めながらその顔を彼に向けていた。

「…………」

 理性を失いかけた彼の瞳と正面からぶつかり合う。
 こくん、と
 彼女の瞳からは戸惑いと恥ずかしさ、怯えが浮かんでいるようだった。
 それにも関わらずその瞳が彼から離れることはなかった。
 
「あ、あの……私とあなたは……その……」

 彼女の口からはごにょごにょと言葉が出てくるが、ちゃんとした文章になっていない。
 それほどまでに動揺をしているのか。

 いけない――。

 そんな彼女の瞳を正面から受け、彼女の姿を見た彼の心に理性が蘇った。

「……申し訳……ありません」

 そっと、彼が彼女から離れた。そして、彼女に背を向け一つ、深い溜息をついた。

「大それた事を……お嬢様を……申し訳ないです……怖かった……でしょう……お嬢様にそのような思いを……」

 さわっ、と彼の背後で稲藁が鳴った。
 彼女が彼から逃れようと動いたのか。
 彼はそっと目を閉じ、軽く俯いて続けた。

「ご主人様にも申し訳が立ちません……俺は……」
「お父様には言いません」

 さっきまでの戸惑ってふらついていた言葉とは違う、はっきりとした言葉。
 彼はそんな彼女の言葉を聞いてはっと、振り返った。
 彼女は彼の背後に立ち、まだブラウスの裾と乗馬ズボンのベルトを掴みながら彼を見下ろしていた。

「私……よくわからないのですけど……」

 白磁のような頬をほんのり赤く染め、やや口篭りをしながら彼を見ている。
 その様子は少なくとも押し倒されたことに怒りを感じている様子はなかった。

「ここに連れ込まれて押し倒された時に……怖いとかそう言う事は思いませんでした……何と言うか……」
「何と言うか?」
「……あ、あなたなら……その……そんなに酷い事はしないのでは、と」

 彼女の頬がさらに深く赤く染まる。
 彼ははっとしながら首を横に振った。

「い、いや! 酷い事をしようと思ったに違いないです! 俺はお嬢様を押し倒して……」

 そのままブラウスを引き剥がし、乗馬ズボンを引き摺り下ろし、腕力で彼女を自分の物にしようとした。
 確かにそうだ。彼女に生涯残るような傷を負わせる酷い事をしようとしたのだ。
 彼が早口で言った言葉に対して彼女はそっと首を横に振った。

「そうでしょうけど……そうでも……酷い事はしないのかな、と……あなたが馬をお世話するのを見て、お世話している馬を見ると……あの……」

 一瞬、彼女が視線を彼から外し、再び彼に視線を向けた。
 さっきまでの揺れる、動揺や怯えの感情を帯びた瞳とは違う、興味に満ちたようなそんな瞳だった。

「あなたに……あの子達みたいなお世話をされたら……いいかな、と……思って……あの……でも……」
「…………」

 彼女の紡ぎ出す言葉を彼は呆然とした表情で見つめていた。
 怒られて当然、クビになっても文句は言えない暴挙をしたと言うのに彼女の反応は思ってもいなかった反応。
 呆然とした彼に彼女はきゅっとブラウスを掴んでその興味に満ちた瞳を恥ずかしげに彼へと向けた。

「私とあなたは……その……正式なお付き合いとかしていないから……あの……み、操を守って頂けるなら……」
「…………」

 彼女の言葉を聞いて彼はそっと立ち上がった。
 彼女は顔を上げて彼の顔を見つめる。
 瞳が重なり合う。
 彼女は口元に小さな笑みを見せると小さく、頷いた。


「…………はあ……」

 彼が熱く深い溜息をつく。

「あの……泥で汚いですよ……綺麗にしてからのほうが……」

 彼女がそんな彼を見ながら少し、心配そうに声をかけていた。
 彼女は稲藁の上に仰向けに横になり、彼はその上から覆い被さっていた。
 彼の顔は彼女の足下、黒革のジョッキーブーツに沈めていた。
 雨や泥で汚れていたジョッキーブーツ。既に乾いてしっとりとした黒革独特の輝きを浮かべていた。
 そんなジョッキーブーツに彼は頬を寄せ、静かに唇を重ねた。

「お嬢様……」

 ジョッキーブーツを愛しそうに撫で、唇を合わせる。
 彼女の脚を守り、飾り、引き立たせる彼女の為のジョッキーブーツ。
 それはまさに彼女その物。素肌を見せていない彼女の素肌その物と言えた。
 彼は彼女の体を抱き締め、愛撫するように優しくジョッキーブーツに包まれた彼女の脚を愛でた。

「あ……そんなに……そのこれが……」

 彼女は彼がジョッキーブーツに愛撫する姿をやや戸惑いながら見ていた。
 騎乗する時に履くジョッキーブーツ。
 そんな物になぜそんなに優しくできるの? そんなに優しく……

「……はあう……」

 彼女が不意に今までついたことのないような溜息をついた。
 彼の愛撫がジョッキーブーツ越しに伝わってくる。
 あたたかく、優しい彼の愛撫。ブーツと乗馬ズボン越しだがちゃんと彼の温もりや優しさが足から伝わってくる。
 その優しさ、温もりがぞくぞくと足から胸へと伝わり、かあっと体の芯が熱くなる感覚を覚えた。

「な、なんでしょう……」

 そんな感覚は初めて。彼女には何がなんだか分からない。
 分からないがその感覚は悪い物ではない。むしろもっと欲しい、もっと求めたい。

「ああ……これが……」

 じん、と脳髄が熱くなった瞬間、彼女が呟いた。
 これが彼が馬に与えている優しさ、乗っていても伝わる彼の温かさ。
 私が味わいたいその感覚がこれなんだ……。

「ああ……お嬢様……の……ブーツ……」

 彼が呟く。
 息遣いが荒くなり、彼の浅黒い肌が徐々に高潮していく。

「……あ」

 そんな彼を見ながら彼女がこくん、と唾を飲み込んだ。するとちょうど彼女の眼前にある彼のズボンが膨らんでいるのに気付いた。

「……あの……ここ……は」

 そう呟くと彼女は彼のズボンの膨らんでいる部分に手を伸ばし、そっとそのジッパーを動かした。

「きゃっ」

 動かして口が開いた瞬間、ぶるん、と反り返った彼自身が顔を出した。
 見るからに熱を帯び、赤黒く怒張したそれは人間の体の一部とは思えないような姿かたちをしていた。

「あ、お、お嬢様……」

 彼は不意に彼自身に訪れた開放感にジョッキーブーツを愛でるのも忘れ、少し慌てて彼女を見た。

「……馬と……同じような形……なのですね……」

 初めて見る人間のそれ。彼女の瞳は興味に輝いていた。

「あの……触っても……いい……ですか?」
「いえっ、き、汚い……あ……っと……」

 かあっと彼の顔が高潮する。
 夢中でジョッキーブーツを彼女の前で愛でてきた。羞恥を感じる余裕もなく。しかし、今はただ気恥ずかしさが彼を襲っていた。
 だが、興味津々で目を輝かす彼女を見ると、

「……ど……どうぞ……お嬢様の好きな……ように」

 としか言う事ができなかった。
 彼女は小さく頷くと怒張する彼自身を右手でそっと掴んだ。
 
「っつ!」

 びくっと彼の背中がゆれ、彼自身もぴくんと動いた。

「自分で動くのですね……」

 彼女はゆっくりとそれを撫でる。

「お、お嬢様……!」

 彼はたまらないとばかりにジョッキーブーツに抱きついてぺろっと舐めた。
 ジョッキーブーツは既に彼の温もりと熱い息、唾液ですっかりと温まり、まるで彼女の素肌のようだった。
 本革の持つ吸い付くような手触り、光を蓄えた黒い革の色、心地の良い無数の皺。

「こんなにねばねばした物が……」

 彼女は彼自身を興味深げにいじっている。
 先端から溢れるカウパー液に指先を塗れさせ、ゆっくりと深く扱いた。
 その動きは彼がする自慰とは全く違う、優しく、深い動き。じわりじわりと彼自身を堪能しているような、そんな動き。

「はあ……うはっ……はあ、お、お嬢様……」

 ジョッキーブーツに顔を埋めながら彼は思わず呻いた。
 彼女は彼自身を静かに、ゆっくりとぐしぐしと扱きながらそんな彼を見た。

「……あの……大丈夫……ですか?」
「は、はい……お、お嬢様……優しいから……とても……」
「私よりもあなたが優しく……その……ブーツを……私を……」

 2人の言葉は雨が屋根を叩く音の合間を縫って重なる。
 彼はブーツへの愛撫で、彼女は彼自身の扱いで互いが持ち合う優しさを交わらせていた。
 2人は肉体的に繋がってはいない。しかし、確かに繋がりあっていた。
 優しさと優しさが交じり合い、2人が深く強く重なり合っていく。

「お、お嬢様……あの……」
「……どうしました……」

 ぎゅっ、とジョッキーブーツを強く握った彼の声が揺れた。
 彼女は静かに彼自身を扱きながら彼に訊く。

「……もう……俺……」
「え? なんですか……」
「いえ……あの……出……そうで……」
「出る……?」

 彼女には彼の言葉の意味が分からない。
 何がどこから出るのか。

「あの、何が出るので……」
「あの……出るんで……くっ……ああ」

 詳しい説明などできる訳がない。
 彼にとって出る物がもうすぐ出るとしか言いようがない。

「きゃっ」

 彼はジョッキーブーツから顔を離すと彼自身を彼女の手から奪い取った。
 そして、その先端を彼女のジョッキーブーツに向けた。

「あうっ! ああ!」

 喉の奥から生まれたうめき声。
 それが聞こえたと同時、彼自身の先端から薄黄がかった白濁液が飛び散った。

「わあっ」

 そこからそんな色の物がそんなに勢いよく出てくるとは思っていなかった彼女は驚きの声を上げた。
 飛び散った白濁液はジョッキーブーツ全体にかかり、行く筋もの白い流れを作り黒革のジョッキーブーツを飾った。

「はあ……はあ……あの……これが出るんです……」
「あ……そうなのですか……」

 白濁液に塗れたジョッキーブーツ。
 今まで見た事もないような姿になった自分のジョッキーブーツを眺めながら彼女がぽつん、と呟いた。
 彼はそんなジョッキーブーツを見ながら申し訳なさそうな眼差しを彼女に向けた。

「申し訳ないです……ブーツを汚してしまいました」
「あ、いいえ……あの……あ」

 彼の眼差しを受けた彼女がはっとするとにっこりと笑った。

「それでは……ブーツ……お手入れしていただけませんか。優しく……あなたの手で……」
「……はい」




「素敵ですわね……乗馬姿が輝いていますわ」

 ある日の馬事公苑。
 乗馬の試技を行っていた彼女にその友人が駆け寄って褒めていた。
 彼女はヘルメットを外しながら降り注ぐ日差しにも負けない笑顔を見せながら頷いた。

「いいえ、私は大した事……私よりも馬や馬具を手入れしている者がいいだけです」
「いや、それだけではないでしょう」

 友人は笑いながらそう言って彼女の足下を見た。

「馬だけではなく選んでいるお洋服やブーツも美しいから乗馬姿が輝いて見えるのですよ」
「あ、いいえ……」

 彼女は友人の言葉にくすっと笑うとジョッキーブーツに目を落とし、きゅっ、と足首に皺を寄せさせた。

「これこそ手入れの者が素晴らしいから輝いて見えるのです。手入れの者が丁寧に、大切に、その者しか作れないクリームで手入れをしているから、です」
「はあ……」

 友人が軽く首をかしげながら返事をする。
 彼女はくすっと笑うととん、と爪先で地面を蹴った。

「また……お手入れしてもらわないと……いけませんね」

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