繋がりのロングブーツ

「知らなかった……こんな所、あったんだ……」

 夜の帳が下り、濃紺の空に月が丸くぽっかりと浮かんでいる。
 僕と彼女は小型のミニバンのハッチバックを開け、そこに並んで座っていた。満月に近い月の明かりは思うほど明るく、街灯のないここで車内灯もつけなくても横に座る彼女の顔をはっきりと見る事ができる。
 彼女は遠い目をしている。その視線の先には街の明かりが砕け散ったガラスのように広がっていた。
 その明かりは徐々にこちらに向かうにつれて減り、暗闇を一筋、過ぎてちょうど足元あたりにオレンジ色をした高速道路の川が走っていた。
 ここは小高い岡の上にある何かの基地局。何かはわからないが、巨大なアンテナが立ち、自動車が方向転換するには十分の広さが切り開かれた場所だった。
 情報誌に載っているような夜景スポット、とまでは行かないが十分に綺麗な夜景。思いっきり地元だけど、僕は結構気に入っている。

 うん。ここは僕の遊び場だったから……小学校の頃って、余りこっちにこないでしょ?

 僕が訊く。彼女は遠い目を心持ち夜空に向け、セミロングの髪を摘み、静かに足首をくねらせるように動かしながら等間隔で踵を鳴らした。

「……そうね……こっちの町には友達いなかったしね……小学校の頃は遊びに行く事もなかったし……」

 こつっ、と踵の音が止まる。
 彼女は髪を摘んだままで僕を見た。

「一緒に遊ぶような友達が余りいなかった、けどね」

 そして悪戯っぽい笑みを僕に向けた。



 僕の横にいる彼女は去年の冬、同窓会で15年振りに再会した、あのロングブーツを履いていた彼女だった。
 声をかけたあれから酒の勢いやロングブーツへの高揚感もあって彼女とよく喋った。すると彼女と随分と盛り上がり、その余勢を駆ってメルアドの交換もしていた。
 女の子と携帯のアドレスを交換しあうって事、した事なかったしできるとは思わなかった。酔いが覚めて携帯に記録されているのを確認した時に二日酔いのぼやっとした感覚の中で呆然としたっけ。

 さらに。恐る恐る今度会おうと誘いをかけるとすぐに会う事もできた。それ以来、僕と彼女は何度も会った。
 15年間の空白を埋めあうように会って食事をしたり、映画を見たり、コーヒー飲んだり、よく遊んで喋った。
 と、言っても付き合っているとかそう言うのではない。同級生の延長線上の友人関係。
 取り敢えずは会わなかった15年間を埋めてその後で関係がどうなるか、そんな状態。

 そして、何度も会う内に僕は彼女の事をずいぶんと知る事ができた。

 地元の県立高校を卒業して県外の短大に入り、卒業後は県外で就職したけど今は地元でOLをしている事。
 両親と一緒に住んでいる事。
 免許は持っているけど運転はあまりしない事。
 コーヒーには砂糖を入れない主義だと言う事。
 最近歴史小説にハマっていて特に幕末辺りに興味がある事。
 今まで2人の男と付き合って現在は彼氏なし、いない歴は2年と言う事。
 男と付き合っても長続きせず、半年程度で振られる事。
 昔を思い出す時や考え込むと髪を摘んで足下を動かす癖がある事。
 等々。

 こう並べると僕が彼女のストーカーのように調べ上げたように見えるけど、全部彼女が言って知った事。自分で調べた事はない。

 でも、一つだけ分からない事があった。
 聞けば教えてくれるとは思うけど、僕の心がブレーキをかけている。
 それを聞くのと彼女がどんな反応を示すか。それが怖い。理由ではなく結末を知るのが怖いから。
 


 僕は彼女を見る。彼女は笑顔のままで濃紺の空を見上げていた。

「星も綺麗……全然気付かなかったなあ……」

 白い月明かりに照らされる彼女。
 セミロングで軽くブリーチした髪。レースの入ったオフホワイトのタンクトップに衿のついたブラウンのロングシャツ。シルバーのベルトに黒のスカート。そして。

「あ、あれが北斗七星かな? 北ってあっちであってる?」

 北はあっちだよ。

 僕は笑いながら逆方向を指差した。彼女は軽く驚いて恥ずかしそうに笑った。

「そうなの? あ……私、理科苦手だったから、よくわかんなかった」

 軽い言い訳のように彼女が言い、こつ、とまた踵を鳴らした。
 その瞬間、僕の視線は彼女の足元に向かった。
 膝から下を飾るヒールが低いプレーンのロングブーツ。
 その黒革が初夏の月光に照らされて輝いていた。
 蛍光灯のように白く、しかし、優しい月の明かりが艶を増させ、ロングブーツをぼんやりと照らし上げていた。

 

 一つだけ分からない事。それはこのロングブーツだった。
 僕と再会したのは初冬。それから仲冬、晩冬、初春と季節は移っていき、その間僕と彼女は何度か会った。
 その度に彼女はロングブーツを履いてきていた。この一足しか持っている訳じゃない。ブラウンの物やヒールが少し高めの物や編み上げの物等々、少なくとも4足は持っているはず。
 なぜわかるかって、その4足を代わる代わるで履いて僕の目の前に登場していたのだ。
 まあ、どのロングブーツも彼女にはよく似合っている。遊びに出るのにロングブーツを選択するのも当然かな、それに、彼女のロングブーツを履いた姿を見られるのだから。
 そう思ってその時はラッキー、と言う程度にしか思ってなかった。
 しかし、季節が仲春、晩春と過ぎても彼女はロングブーツを履いて僕と会っていた。そして、今は初夏でその脚にはこの通りロングブーツ。
 
 ここまで来るとその理由を聞きたくなる。明らかに何かを狙っているはず。
 しかし、それを聞くと僕がロングブーツに興奮する変態だという事を知られてしまうかも。
 彼女は僕がそんな男だとは知らないはずだし、ましてそのロングブーツでオナニーをしたって事も知らない。
 それを知ったらもう二度と会わなくなるかもしれないし、例え会えたとしてもこれはおかしいと「修正」してしまってロングブーツの姿を見る事が出来なくなるかもしれない。
 まあ、別に知らなくても大して影響はないし、彼女のロングブーツ姿を見られるのだったら理由なんて必要ない。
 彼女はロングブーツが好きなんだ、で十分。でも……。

 

 ねえ。

「え?」

 こくん、と一つ唾を飲み込んだ僕が彼女を呼ぶ。彼女は軽く振り向いて僕を見た。

 今日、暑くなかった?

「え……そうね……お昼はちょっと暑かったけど……今はちょっと涼しいかな」

 ロングシャツを軽くたくしあげてタンクトップの開いた胸元を覆う。
 
 そう……。

 次の言葉が出てこない。
 今日、昼からずっと彼女と一緒。
 映画を見てドライブして。
 勝手に話題が出てきたのに、
 よくこれだけ喋られるなと思うほどに喋られたのに。今、言葉が続かない。

「……おかしいでしょ」

 ふ、と沈黙の間が生じた瞬間、彼女は軽く笑ってロングブーツに包まれた脚をひょいと上げて視線でロングブーツを指した。

「もう夏なのに……誰も履いていないのにこんなの履くって……おかしいって思ってたでしょ?」

 いや……別に……。

 彼女の問い掛けに僕は強く否定する事も、また弱く肯定する事もできず彼女に丸投げをするような返事をした。
 彼女はこつん、とロングブーツの踵を鳴らし、ふふっと鼻で小さく笑った。

「おかしいって自分でも思うんだ……でも、勇気がないの」

 勇気? 勇気って?

 思わぬ彼女の言葉。僕が鸚鵡返しに訊くと彼女は俯いてロングブーツを見ながら浅い溜息をついた。

「パンプスとかスニーカーとかを履いて遊びに行くのが……私を忘れられてしまうような気がして……」

 彼女は頭上を覆うハッチバックのドアを見上げ、その窓から濃紺の空を見ながら続けた。

「私ってね、小学校の頃目立たない子だったでしょ? 明るくもないし、面白くないし、可愛くもないし、勉強だってそんなに出来た訳じゃないし……」

 ふうと彼女が溜息をつきながら俯く。
 そしてゆっくりと脚を動かし、こつ、こつっとロングブーツの踵を等間隔で鳴らした。
 彼女はさらに続けた。

「中学、高校もそう……多分、卒業アルバムを開いて『ああ、こんなのいたっけな』なーんて程度しか存在感がなかったと思うな……だから全然恋愛とかそんなのも……ね」

 俯きながらくすっと笑う。ロングブーツの踵はゆっくりと時計の振り子のようにこつんこつんと鳴り続ける。
 月明かりの白いぼんやりとした光がロングブーツを輝かせ、別の生物のように艶かしく蠢く足首に浮かぶ黒革の皺を浮き上がらせる。
 彼女はそっと流れるセミロングの髪を右手で摘んだ。

「でね、大学に入って、変わろうって思ったの。一応雑誌とか見てファッションとかに気をつけたりして。でも……余り変わらなかった。目立たない田舎の子って感じだったみたい」

 そこまで彼女が言ったその時、こつ、っと高い踵の音を一つ上げてロングブーツの動きが止まった。

「でもロングブーツを履きだしたらなんとなく変わったような気がしたの……なんて言うかなあ……私なのに私じゃなくなる感覚って言うか……」

 投げ出して止まったロングブーツに包まれた自分の脚を見ながら彼女はもどかしそうに言葉を捜していた。しかし、なかなか言葉にできない様子。
 そんな状況だが、彼女が何を言いたいのか、何を僕に伝えたいのか。そのフィーリングは掴めたような気がした。
 彼女は一つ頷くとさらに続けた。

「……人とお喋りする事が大胆になれたって言うか……とにかく、存在感が出たみたいなの。彼氏ができたのも秋と冬だったから……でも」

 彼女の顔に自嘲が浮かんだ。

「ロングブーツを脱いじゃうとまた目立たない自分に戻っちゃうみたい。彼氏ができても春には……だったから」

 指に髪を巻きつけ、ふっと緩める。自嘲が浮かぶその顔を静かに軽く巻いた髪が撫でた。

「だから……ロングブーツがなくなったら周りの人はきっと私を忘れちゃうんだろうなって。私、せっかく同窓会で会えたのにまた忘れられるのは嫌だから……」

 自嘲に歪む口から溜息が毀れる。すると彼女の自嘲の表情が急に引き締まり、悲しげな笑みになった。

「……バカみたいでしょ。魅力とかがなくって飽きられてるのに、引っ込み思案で地味だから目立たないのに……ロングブーツのせいにして……本当、おかしいでしょ、私……」

 そこまで言うと彼女はゆっくりと顔を上げて僕を見る。
 悲しげな笑み、月のぼんやりした光で揺れる瞳、さらりと流れる髪。
 僕の頭の中が真っ白になった。そんな彼女を見て、そんな彼女の吐露を耳にして。

「んっ!」

 次に気がついた時。僕は彼女の肩を掴み、その唇に僕の唇を合わせていた。
 唇が合わさる直前まで僕は彼女を見ていた。彼女は僕が顔を寄せた事に驚きの表情を見せて、その直後に僕は目を閉じて彼女の唇を奪った。

「……ん……」

 真っ暗な中で見えなかったが、ほんの数秒経って彼女は目を閉じたのだと思う。
 僕と唇が重なっても彼女は微動だにしない。硬直していると言うより身を委ねているって感じ。僕を押し返そうともせずにただ、僕と唇を合わせる事に集中しているように感じた。
 月明かりが包む静かな空間。僕は胸の鼓動を高鳴らせ、静かに彼女と唇を交わしていた。

「……あ……」

 ごめん……あの……すごく可愛いくてきれいだったから……えっと……。

 僕が唇を離すとすぐに僕の頭の中から次々と言い訳が浮かび、無審査で口から出てきた。
 彼女は月明かりの元でも頬が高潮しているとわかる。一瞬、僕から顔を背けて俯いた。

「…………」

 彼女は何も言わない。対照的に僕の頭の中からは次々と言葉があふれ出ていた。

 ……その……あの……ロングブーツだけど……おかしい事じゃないと思うんだ……えっと……似合う衣装で気に入ってたら季節なんか関係ないよ……

「…………」

 ロングブーツはすごく似合ってる。同窓会で見た時からずっと僕は……気になってたし、忘れたこともない。ずっと思い続けていて……僕は……

「…………」

 何を言ってるのかな……えっと、ロングブーツは魅力的にするアイテムだけど……その脚がこのロングブーツを魅力的にしていると思うんだ……だから……魅力がない、なんて事はないと思う……元々の魅力があるからロングブーツを履く事によってより一層魅力的に見えるんだ……ロングブーツがなくなって男が離れたのは男に見る目がないだけなんだよ!

「…………」

 一気にまくし立てるように僕が言う。
 彼女は何も言わない。俯いて心の動揺を落ち着かせようとしているように沈黙している。
 何を言っても仕方がなさそう。でも、僕が何も言わないのは、嫌――。

「――えっ、きゃっ!」

 彼女の名前を僕の口が刻んだ。彼女が顔を上げて僕を見た瞬間、僕は彼女を押し倒していた。

「ちょっ! ねっ……んっ!」

 バンの上に仰向けになる彼女。背中をバンの床に合わせ、下半身は外に出てえびぞりのような体勢になっている。
 一瞬、それほど強くない抗いを僕は受けた。僕はそれを突き破るように彼女と唇を強く重ねた。

「ん……んん……」

 捏ねくりあうように唇を強く重ね合わせる。
 何がなんだかわからない。頭の中が真っ白のまま、体が勝手に動いていた。
 僕は彼女の唇の間から舌を捻じ込んだ。 すると彼女は口を僅かに開けて僕の舌を受け入れ、僕の舌と舐めあった。

「んん……んふう……ん……」

 こつ、こつ、とロングブーツの踵が鳴る。
 それを聞いた僕の右手が彼女のふわっと丸みを帯びた胸に乗る。

「んあっ……だめ……こんな所で……こんな……」

 彼女に掌を乗せた瞬間、彼女が口を離して囁くように言った。でも、僕はその返事を頭の中から紡ぐ事はできない。
 好きに動く自分の体に僕は全てを委ねる。
 彼女の胸に乗せた右手がゆっくりと、しかし、胸の形が変わるくらいに強く動いた。

「くふん……はあ……だ、だめ……」

 彼女が車の天井を見上げて呟くように言う。
 そんな彼女の唇に再び僕が覆い被さった。

「ん……んん……ん……」

 こねくりあうように重なる唇。口の中で絡み合う舌。
 彼女は目を閉じて、僕も目を閉じて、互いに舌を絡ませあい互いを求め、貪った。

「ん……っ」

 彼女は僕の腕を掴み、ぎゅっと自分に引き寄せた。その弾みで僕と僅かに離れる。

「なんだか……おかしい……こんな所で……こんな……恥ずかしいのに…………止めたくないって……」

 僕も何がなんだか……頭が真っ白で……恥ずかしいのに……なんて言っていいのか……。

 僕が言う。そして、彼女からそっとさらに離れ、丸みを帯びるその胸にタンクトップの上から埋もれてさっと彼女の左足を抱えた。

「あっ……汚れる……」

 彼女が呟く。僕に抱えられた足が膝から曲がり、どんと床の上にロングブーツに包まれた脚が立った。今日一日、地面を踏み続けたロングブーツの靴底が床に接し、砂や土が僅かにそこにこぼれた。

 僕は首を小さく横に振るとロングブーツの脹脛をそっと撫で、こちらを見ている彼女の顔を見た。

 この脚がいけないんだ……こんなにロングブーツが似合う脚が……こんな魅力的な脚をしている君が……。

「そんな……綺麗な物じゃな……」

 ずっと……ずっと僕の物にしたい……絶対に忘れない……忘れられない……再会した時からずっと……。

「…………」

 僕は……全部僕の物にしたいんだ……僕はもう……。

 アドリブってこんな感じなんだろう。
 その時々の感性で台詞を口にして、ウケるかどうかは口にして飛ばさないと分からない。反応が来るまでのタイムログに胸の鼓動がぐっと高まる。
 緊張感と頭の中が真っ白になった空虚感。もう、何がなんだかわからない。
 分かる事は。
 僕の目の前で彼女が小さく頷いてそっと体の力を抜いて、僕がズボンのジッパーを下ろした事だけだった。


「んっ、んっ、んんっ……んっ!」

 彼女は口を両手で覆い、目をきゅっと閉じながら堪えるような調子で声を上げていた。
 恥ずかしく、声を上げたくないと言う様子。
 車の中とは言えハッチを全開にしてロングブーツを履いたまま脚を広げさせられて少しだけ横向けに仰向けになっている、その姿だけでも恥ずかしいのに、

 はあ、はあ、はあ、はあ……

 僕が彼女を夢中で突いていた。ズボンのジッパーからは最大限に硬く、反り返った僕自身が顔を出し、彼女のパンティを押しのけてずれた隙間から彼女へ差し込んでいた。
 彼女のそこは柔らかく、冷たく、そして熱い。
 差し込まれる僕自身をきゅうきゅうと絡みつくように締め付けて来る。
 
 はあ、はあ……ん……ふはあ……

 僕の右の頬にはロングブーツに包まれた彼女の左脚。左脚を僕の肩に乗せ、右脚を床につけて彼女の秘所を左右に割っていた。
 僕は本能で腰を動かし、理性で彼女のロングブーツに包まれた脚を堪能していた。
 むちっとした肉感、ぱん、と張った黒革、独特の芳香、痛こそばいジッパーのレール、手に刻まれる足首の不規則な皺。
 僕の手や頬に彼女が履くロングブーツがまとわりついてその感触や質感を僕に与えていた。
 
「んっ! んんんっ!」

 腰の方はリズムも何もなく、ただ赴くままに脳ではなく脊髄辺りが勝手に僕の腰を動かしているのじゃないかと思うように無心で動いていた。
 彼女から出入りする僕自身。彼女の中から湧き出す蜜に塗れ、白く細かい泡のように溢れていた

「んっ!」

 急に彼女が眉間の皺を深くさせた。

 ごめん!

 反射的に僕は謝った。彼女の中に半分ほど埋まった状態で動きも止まる。すると彼女は口を覆った手を外し、軽く潤んだ瞳で僕を見た。

「……続けて……」

 そう言いながら僕の肩の上に乗っている左脚の足首をぐにょっと動かした。

「こんなの……ああ……は、初めてだから……もっと……強くても……」

 なんだかわかんないけど、さっきと同じように。
 僕はぐっ、と彼女の突き上げた。

「ああんっ!」

 彼女の甲高い声が車内に、月夜の空に響いた。
 篭ったような彼女の声しか聞いていない僕。その声がとても艶っぽく、そして魅力的に感じた。
 そして、それが合図となるように僕の腰が再び動き出した。

「あっあっあっあっ! いい……気持ち……んっ! あっあっああっ!」

 むき出しになった彼女にむき出しになった僕が突っ込まれ、突き上げる。
 その度に彼女はむき出しになった感情、快感をその顔や声でさらけ出していた。
 地味? 目立たない?  引っ込み思案? いいや。そんな彼女はここにいない。
 堂々と快感を表現している彼女がそこにいる。

 はあはあはあ……ん……

 僕は軽く首を傾け、ロングブーツに口付けをする。
 革の芳香や彼女の革越しの温もり、艶かしく輝く黒革――それを感じながら僕はそれを味わっていた。
 ゆさゆさとロングブーツが揺れ、時折その足首がびくっと硬直したように伸び、革が軋む。
 
 はあはあはあはあ……

 むき出しになった彼女と黒革に包み込まれた彼女。
 その両方を同時に味わう。
 そう、ずっと思っていた。こうなりたかったと。
 再会したときにロングブーツでオナニーをしたあの時から。
 こんなにも美しいロングブーツも、それを履く綺麗な彼女も一緒に僕の物に。

「あっああっ! あんっ! んいっ……いい! あ、わ、私……」

 彼女はただ喘ぎ、ロングブーツに包まれた足首を動かし、三点式のシートベルトを掴んで突きあがる何かを感じていた。
 何かは分からないがとにかく気持ちいいみたいだ――僕も。

 はあはあくうう……あっ……い、イきそう……

「あんっ! あっ! わ、私も……あんっ! ああ! こんな……こんなあああああ!」

 僕の腰の動きが最も速く、そして強くなる。
 彼女の足首を掴む僕の手の力も強まる。ぎゅうっと革が僕の手の中で軋み、汗と彼女の体温で黒革が熱いくらいにぬくもった。

 はあっ! うあっ! あっ!

 僕はぬぷっと彼女から僕を引き抜いた。その瞬間、

 あっ……ああ……

 しゃっと白濁液が先端から飛び散り、後を追うようにぼたぼたっと滴り落ちた。

「はあはあ……はあ……はあ……」

 するっと僕の肩から彼女のロングブーツに包まれた脚がずり落ち、こつんと踵を一つ鳴らして床に落ちた。

 ごめん。

 ぽつんと僕が謝る。

「……え?」

 ロングブーツ……汚したみたい。

 彼女のロングブーツに包まれた右脚。そこには僕から吐き出た白濁液が飛び散り、黒革の上で流れや溜りを作り、刻まれた皺にねっとりと絡み付いていた。
 彼女はそんなロングブーツをちらりと見るとふっと小さく笑った。

「いいよ……ありがとう……」

 彼女はそう呟くと仰向けのままで窓を見上げ、空に輝く月を見た。
 白い月光に浮かぶ彼女の顔は本当に美しく見える。
 僕はもう少し見ようとそっと彼女に顔を寄せた。

「これで忘れないよね……私も……かけちゃったロングブーツも……」

 月光の中で彼女が悪戯っぽく笑う。
 僕は黙って頷いた。そして、

「ん……」

 もう一度月光の中、彼女と唇を交わすのだった。





 それから一月ほど経って。
 街は梅雨空、しとしとと雨が落ちている。
 傘を差して歩く女性の脚は最近流行のラバーブーツ、要するに長靴が彩っている。
 カラフルな物、奇抜な物、そして、一見するとジョッキーブーツに見えるラバーブーツまで最近は随分と魅力的な様々な物が見られる。
 でも。

「ごめんなさい、待った?」

 梅雨時なのに、いや、梅雨だからこそか。
 彼女の脚を彩る、雨にしっとりと濡れる黒革のロングブーツがこの街で一等美しく魅力的に見える。
 そして。

 いや、そんなに待ってないよ……行こうか。

「うん」

 黒革のロングブーツを履いて積極的に笑顔を見せる彼女がなによりも一番、魅力的に見えた。

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