バックヤード 〜才能に恋して〜

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 翌日。
 
「……ふう」

 自動販売機と警察署の灯りだけがやたらとまぶしい深夜の町。
 手持ち無沙汰で椅子に座り、来るかもしれぬ来客をただ待つだけの佳苗が深い溜息をついた。

(……まだか……)

 今日は泊まりの明番。
 別に家に帰らず所で寝泊りする事に抵抗はない。むしろ掃除や家事の煩雑さ、通勤の手間から開放されるのでここに住み着きたいくらい。
 しかし、今日に限ってこの署内のここにいる時間が彼女にとって苦行のようなしんどさを感じさせていた。

(……まだかな……)

 そんな中で佳苗はどことなく、そわそわ。時計を何度も見たり、同僚が出てこないかを気にしたりしていた。 

(……早く仮眠の時間にならないかな……)

 彼女がそわそわしているのは仮眠の時間、長目の休憩を待っているからだった。
 それは、その時間だけ愛する望にメールや電話ができるから。
 だが、普段はそうなのだが今日はそれだけではなく――。

「うぉーい、交代だ」
「あ、はい!」

 先輩の男性警官の声に佳苗の声が跳ね、一緒に佳苗自身も飛び跳ねるように椅子から立ち上がった。

「……そんなに彼氏に連絡するのが楽しみか」

 先輩が苦笑い。
 佳苗ははっとして、はにかんで笑った。

「いや、そう言うんじゃないんですけどね……今日は特に暇でしたから」
「そうだな。ま、休んで来い。彼氏と喋りすぎて勤務に戻るのを忘れるなよ」
「大丈夫です! 今日は望も私と同じで夜通しの仕事ですから」

 佳苗の言葉に先輩は苦笑いのままで椅子に座り、さっさと行けと掌をひらひらとあおいだ。
 佳苗は先輩に軽く会釈をするといそいそと署内の仮眠スペースへと向かって行った。


「……ふう」

 仮眠室の電気を点け、ドアを閉めて一息。
 
「……一応」

 かちゃり、と鍵も掛ける。
 白っぽい蛍光灯の灯りに佳苗が着る紺色の上下、活動服がぼんやりと輝く。
 その小脇にはA4サイズの紙が入る茶封筒が挟まり、手には婦人警官独特のあの制帽、ではない活動帽があった。

「…………」

 佳苗は封筒をベッドに放り投げて置くと、活動帽を頭に乗せてきゅっと被った。
 今からパトロールに出かけるようにズレや傾きがなく、きちっと彼女の頭に被さった活動帽。適度な拘束感が彼女に緊張感を覚えさせ、その表情も引き閉まる。
 背筋を伸ばし、ゆっくりとベッドに向う。

「…………」

 ベッドに静かに腰かけ、さっき投げ置いた封筒を手にし、中を取り出した。
 封筒の中には文章が書かれたA4の紙が数枚、入っていた。

(…………)

 佳苗が紙に書かれている文章を読み始める。
 同時に彼女の頭の中で文章が画像化されてゆく。それは想像に頼った、ぼんやりした画像ではない。
 まるで、今、目の前に存在しているようなはっきりとした、絶対にこれで間違いないと言う画像だった。
 それはそこまでに完璧な想像へ誘う程の描写された文章が描かれているからではあるが、それ以上の理由があった。
 その文章が描く物。
 紺色のスラックス、紺色の活動服、そこから浮き上がっている白のワイシャツに藍鼠色のネクタイ、そして、紺色の活動帽。
 今まさに佳苗が着ている婦人警官の制服その物だったからだ。

(しかし……よく観察している……)

 どんな人が書いているかは分からないが、その文章からは婦人警官の制服への強い興味関心と言うか執着と言うかこだわりと言うか。
 とにかく、作者の婦人警官の制服への強い気持ちが感じられた。
 文章の一つ一つ、単語の一つ一つ、いや、文字の一文字一文字ずつからほとばしる筆者の気持ち。その気持ちがまるで鋭利な刃物の切っ先のようになってそれを前にした彼女に突きつけられてくる。
 こくん、と佳苗は一つ唾を飲み込んだ。
 そして、その切っ先に追いたてられるように文章を読み進めていった。


 パトロール中の1人の婦人警官が3人の男に襲われ、人気のない廃屋に引きずり込まれる。
 彼女は抵抗する。

 やめろっ! 何をするの! 離しなさい!
 
 普通の女性とは違う命令口調で叫びながら手足を全力で動かし、抵抗する。
 しかし、体格や体力に勝る男が3人で押さえつけ、それも空しい悲鳴のようなものだった。
 手足を押さえつけられた婦人警官にリーダー格の男が馬乗りになり、彼女に数発平手を打ち、制服の上から婦人警官の体に触る。


「……はあ……」

 佳苗の左手が制服の上から自身の胸に乗る。
 活動服、シャツ、ブラに包まれている乳房だが、手が乗った瞬間、ぞくっと背筋が震えた。
 そして、制服の上から自分の右乳房をぎゅっ、と鷲摑みにした。

「んっ!」

 ぴくっ、と肩が震える。乳房を握り潰されると思うような痛み、しかし、その痛みがなぜか刺激的だった。

(……だ、ダメよ……)

 じとっと肌に幕を張るように汗が浮かぶ。
 警察官の制服を着たままで自身の乳房を握る。覚えざるを得ない背徳感に佳苗の肌がこれまでになく敏感になり、脳髄に直接電流が打ち込まれていく。
 そして、その電流の衝撃に突き動かされるように彼女の右手がもぎゅ、もぎゅ、と制服の上から乳房を揉み、握る。

「……はあ……はあ……」

 大きく、熱い息が口から吐き出される。
 紺色の制服が自分の左手で揉みくだされ、行く筋もの皺を浮かべては消える。
 身だしなみには人一倍気遣う警察官。きちんと整った制服を自らの手で崩しにかかる左手。それは自分のそれには思えず、他人の左手がそうしているように感じられる。

(……いけない……わ、私……)

 ここは警察署の仮眠室。そして、自分は休憩中だが、勤務中の警察官。
 雁字搦めになった意識の中でどんどんと強くなる背徳感。しかし、最早他人の手と化した自身の左手はさらに動きを強めていく。

「……くはあ……はあ……」

 熱い息を吐き出しながらとろん、と蕩けそうな眼で文章をさらに読み進めていった。


 やめろ……離しなさいっ! 触らないでっ!

 婦人警官は命令口調で叫び続けている。
 しかし、それが婦人警官を征服している優越感をさらに強めるスパイスである事に婦人警官は気付いていないようだった。
 馬乗りになった男は婦人警官を包み込む防刃チョッキを引き剥がし、活動服をむき出しにするとそのボタンを外し、シャツのボタンも外していく。

 やめなさ……やだっ! やめてっ!

 婦人警官の皮を剥がれ、1人の女性にされていく彼女の口から命令調が薄れていく。
 制服を着た状態のまま前を肌蹴させられ、そのままブラに包まれた若い乳房に男の手が伸びていった。


「くふんっ!」

 佳苗の口から短く甲高い声が出た。彼女のその左手がシャツの間から直接胸元へと滑り込んでいた。
 彼女の乳房は既にカップからこぼれ、つん、と突き立った乳首が露になっていた。彼女の左手は敏感になっている乳房の柔肌を這いながら求めるように乳首へと向った。
 そして、その爪先が乳首に触れた瞬間、

「くんんっ!」

 全身に電流が走り、両肩がびくっ、と震えた。
 乳首は屹立し、ピンと張り切って僅かに触れただけでも波紋のような微量の痛みを起こす。
 痛い、痛みのはずなのだが――体はそれを痛みとして認識せず、佳苗に快感として認識させていた。

「……あんっ……」

 ばたり、と背中からベッドに倒れ、小説を持った右手がぱたっとベッドに倒れた。
 左手はまだ乳房をまさぐっている。
 
「はあ……」
(どうしよう……こんな……私……)

 とろん、とした眼差しを小説に向け、左手で乳房をまさぐったままさらに読み進めて行った。


 やめてっ! いやだっ! ダメえっ!

 婦人警官が悲鳴を上げている。
 活動帽を被り、婦人警官のその顔には涙と怯えが浮かび駄々っ子のように激しく首を横に振っていた。
 制服を着ているにも関わらず、ただの裸の女性同様になっている婦人警官。泣き喚いている婦人警官に男は乳房を揉みしごくその手を止めない。
 男は乳房から手を離すと婦人警官のスラックスのベルトに手をかけ、一気に緩めた。

 ひっ! ダメ! 止めて! お願い! それはやめてええ!

 婦人警官の涙声交じりの哀願が空しく響く。
 男は婦人警官のスラックスのジッパーも下ろすとずっ、とその手を下着の中へ突っ込んだ。

 やだああっ! そんな所触らないで……いやだ……なんでこんな……やめてよおおお!

 婦人警官の悲鳴が響くなか、下着と婦人警官の秘所の間に入り込んだ手がゆっくりと料理をするかのように蠢き始めた。


「うん……くふう……ん……んん……」

 下唇を噛みながら佳苗は喘いでいた。
 
(なにこれ……こんな……)

 小説の進行と合わせ、佳苗の左手が自分の下着の中に滑り込み、その秘所をまさぐり始めた。

「んふう……」

 佳苗の鼻からも熱い息が漏れる。
 自分の意思を離れ、快感を求めて本能的に動く左手。左手の中指がぎこちなく秘所を、大陰唇沿いを滑る。
 既に佳苗の秘所は蕩けだしたように粘液に塗れ、クリトリスがぷっくりと膨らんで乳首のように屹立していた。

(こんなの……私って……)
「んっ!」

 クリトリスに軽く触れた瞬間、びくっと佳苗の全身が震えた。
 指先には自身の秘所からあふれ出た愛液が絡みつき、まとわりつく。
 愛液に塗れているにも関わらず、その指先は焼けたような熱を感じていた。
 熱を感じながらクリトリスを軽く揉み下す。 
 
「んふう……んん……」
(こんなに……こん……)

 佳苗は右手から紙の束を離し、瞳を閉じると開いた右手を自身の左の乳房へ伸ばした。

「くふっ! んっ! んんっ!」

 声を出してはいけないと佳苗はきゅっと下唇を噛んだまま喘ぐ。
 制服を着たままで、警察署内で、婦人警官が襲われ強姦される小説を読んで喘ぐ婦人警官の自分。
 どうしようもない背徳感が彼女の柔肌を、秘所を脳をこれまでになく敏感にさせ、これまでになく感じやすくさせているのか。
 いや、違う。

(……どうして……)
「んんっ! んんん!」

 昨日の夜、この小説がアップされているホームページを見つけてこの小説を読んだその時も感じていた。
 男が婦人警官を強姦する描写、その強引な愛撫や強引なキス、強引なクンニ、強引な指技。
 そのほとんどが佳苗の望むようなテクニックだったのだ。

(こん……なっ……私を……)
「んんっ……んふう……んあん……」

 佳苗を攻め落とすしているように男は婦人警官を攻めている。
 それはつまり、婦人警官である自分を襲撃し、強姦している事と一緒。
 この小説を読んだ瞬間、佳苗は作中の婦人警官となっていた。そして、婦人警官が襲われ、押し倒され、制服を剥かれて強姦される描写は本当に自分が強姦されているような感覚に陥っていた。
 昨日の夜、部屋着でもそんな深い感覚を覚えた。今は、本当に婦人警官としての自分、作中の婦人警官と全く同じ出で立ち。

(私を……私……)
「んっ! んんんん!!」

 びくびくっと全身に電流が走る。
 ぐちょぐちょと音を立てる秘所。その壷の中に中指がずるっと入り込んだ。そして、激しく攻め立てるように中で指を動かす。かき回すように、自分自身を、婦人警官、佳苗を壊そうとするように動かした。

(私はあ……)
「んっ! んっ! んんっ! んんんんっ!」

 指が動く度に赤く熟れ、開いた秘裂からは大量の愛液が飛び散り、下着を、スラックスの内側を濡らす。
 もう、何がなんだか分からない。
 ただ思うように、求めるように自分を掻き混ぜていった。

「んっ! んんんっ! んんんんんんっ!」

 背中を弓ならせ、活動帽を傾けさせ、肌蹴た制服の下で乳房を握りながら佳苗はスラックスの下をぐちゃぐちゃにさせていった。
 もう、何も考えられない。
 佳苗の全身を駆け抜ける快感にただ夢中で自慰を続けた。
 そして、次の瞬間、

「んっ!」

 中指を鉤のように曲げて強く指を秘所から引き抜いた瞬間、びくっ、と全身が一瞬硬直し、かっ、と目が見開いた。

「んあ……ああ……はあはあはあ……」

 指を抜き、下着から手を出すと佳苗の全身から力が抜けた。だらん、と足も手も体も力なくベッドに沈み、肌蹴た制服のままで荒い息を繰り返した。

「……こんな……」

 ずり落ちた活動帽のつばが佳苗の視界の上部を遮る。彼女は胸の上にある右手で活動帽を軽く、直すとまだとろんとした目でかざした左手を見た。
 鉤型に曲げた中指は自身の愛液に塗れ、糸を引いて人差し指や薬指に絡みついていた。
 
「……こんな私……濡れやすかったっけ……」

 佳苗はそう呟くと指をそっと、自分の唇に近づけた。

「……なんでかな……」

 つっ、と指を唇に併せてもう一つ呟く。
 小説の作中の婦人警官は話が進むと共に男に次々強姦され、制服を着たままで白濁液塗れのぐちゃぐちゃにされる。
 そんな事、されたくないし、許せる訳もない。
 しかし、そんな物を読んでいつもよりも、今までしてきた自慰よりも、ひょっとしたら望とのセックスよりもよく濡れていた。
 そして、脳髄がじんじんするほどに興奮した。物凄く気持ちよくも感じた。しかも強姦される作中の婦人警官と婦人警官の自分を完全にリンクさせながら。
  佳苗は力のない瞳でぼけーっとかざした中指を見つめた。

「……私、レイプ願望があったのかなあ……」

 そう、呟くとぱたっとかざしていた手をベッドに置いた。
 
「……今度……望にお願い……って、レイプを望む警察官って何よ」

 冗談、と言いたげに小さく笑うと頭を天井に向けたまま、目線だけをベッドに這わせた。
 ベッドの上には小説を書いた紙の束が置いてある。
 佳苗はそれを見るとふっ、ともう一つ小さく笑った。

「……どんな人が書いているのかな……これ」


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