PREY -餌食-
後編
「それ以上好き勝手にはさせない!」
テントウが駐車場に降り立った音に気付いた怪人4匹はぱっとすぐにエンジンルームから頭を出して彼女を見ると、それに対して逃げる事はなく、さっと彼女に向かって駆け出した。
テントウは向かい来る怪人に銃口を向けてその引金を引いた。
ジャッ!
怪人に向けて光線が放たれたが、怪人はそれを予測していたかのようにさっと避け、光線は怪人よりも後のアスファルトに当たり、小爆発した。
「以外とすばしっこい!」
怪人達はテントウのそばまで来るとさっと散開し、彼女を取り囲むようにフォーメーションを取った。
「えっ」
テントウは一瞬、どの怪人に銃口を向ければいいのか迷い、引金を引くのを躊躇した、その瞬間、
ガッ!
「キャッ!」
突然彼女の視界の外から銃を握る右手に怪人の足が飛んで来た。
怪人の足に付いている大きな鍵爪がテントウの装甲で守られた手を直撃し、彼女は思わず銃を手から離してしまった。
「しまった!」
テントウの手を離れた銃はアスファルトの上を滑り、彼女の手に襲いかかり、反対側に着地した怪人の足元で止まった。それに気付いた怪人はその銃を手のような前足で拾い上げ、自分の顔のそばまで持っていった。
武器を奪われた。
テントウは自分の初歩的なイージーミスを悔やみ、臍をかんだ。しかし悔やんでばかりもいられない。怪人がそれを使って自分を撃ってくるとすぐに考え、身構えた。
しかし怪人は手にした銃の銃口を彼女に向ける事はなかった。怪人は銃を握るとそれを口の中に入れたのだ。
「え!」
テントウは一瞬自分の目前で起きた事が信じられなかった。銃を口に入れた怪人は少しくっと顎に力を込めた。
バキッ!
銃が砕かれ、その悲鳴のような音が聞こえるとそのまま怪人はバキバキと銃を咀嚼をし始めた。テントウは呆然としながら自分の武器が食べられる様子を見ていた。
するとこの怪人達がなぜ車のエンジンばかりを襲って盗むのかじわりじわりとわかってきた。
「そっか……エンジンを食べていたのね……鉄や機械が餌って訳……」
テントウがそう理解したその瞬間、彼女のセンサーが視線外の怪人の動きを捉えた。
「シャーッ!」
「同じ手にはかからない!」
怪人が足の爪を立てながら再びテントウに向かって飛び掛って来た。しかし、さっきは自分の不注意でやられたが同じやり方にかかる訳がない。
テントウはさっと身を翻して鍵爪と怪人の体を往なすと、センサーで他の怪人の動きにも警戒を強めた。すると彼女の予想通り他の3匹の怪人達が代わる代わるテントウに飛び掛かり始めた。
「止まって見えるわ!」
しかしテントウがその攻撃にさらされて敗北の危機に陥る事はなかった。
テントウの持つ優れた捜査能力によって怪人が飛びかかるタイミング、その軌道を判断し、怪人達の攻撃を全てさっと往なし、時折超重甲に守られた腕や足でキックやパンチを加えた。
怪人の攻撃を往なしながら自分も攻撃をする。テントウにとって万全の体勢である。それをしばし繰り返された怪人達は不意に彼女に飛びかかるのを止め、テントウを四方から包囲するフォーメーションを取って彼女を観察するようにいつでも飛びかかれる体勢を取り始めた。
(体勢を整えるなんて生意気……でも……)
いつ飛び掛かられてもいいようにテントウも身構え、怪人が立つ四方をセンサーで警戒した。そして怪人達を見ながら身構えていると、ふとある疑問が頭をもたげた。
さっきからテントウは怪人の攻撃を往なしながらしっかりとパンチやキックで攻撃をしていた。メルサードが華やかりし頃はその攻撃だけでも怪人に充分な効果を上げていた。
だが、今眼前にいる4匹の怪人達はまるでダメージを受けていないように見える。息も乱れる事もなく、攻撃を受けた肩や腹を押える事なく、テントウの攻撃をもらう前と何ら変わらない様子で次の攻撃の機会を狙っている。
外見には別に自分のような重甲を装備している事もないただの怪人がなぜ。
テントウは怪人達と対峙しながら何かその手がかりがないか、じっと怪人を見つめた。
(……そんな事はどうだっていい……一気に決める!)
敵に動きがないのならばこちらから。テントウはそう決めるとさっと腕を上げた。
「テントウスピア―!」
すると彼女の手に光と共に先端が四つ又になった紫色の槍、テントウスピアが現われた。
テントウはそれを持つと両手で握り、構えると四方に立った怪人の一角に飛びかかった。
「はーっ!」
テントウは怪人が回避する間もなくその頭上まで飛ぶと、完全に前方が隙となっている怪人の肩口から脇腹にかけて袈裟切りにテントウスピアーを振り下ろした。
カキン!
「――えっ!」
テントウスピアーは確実に怪人の肉体にヒットした。ところが衝撃と金属同士がぶつかり合う甲高く乾いた音と共に弾き返された。
一瞬、テントウは何が起きたのかわからず、地面に着地すると反射的にまた飛び、怪人の背後に立った。
「テントウスピア―が効かない……? そんな……どうして……!」
怪人の背後に回ったテントウだが、自分の必殺の武器の一つであるはずのテントウスピア―が全く効いていない事に動揺し、怪人に再び飛び掛かれなかった。
その一瞬の隙に4匹の怪人はプログラミングでもされているように正確に彼女の四方を囲むフォーメーションを再び取った。
その中の1匹、テントウがテントウスピア―で切りかかった怪人の肩口はテントウスピア―によって確かに切れている様子は見える。しかし、それには全く応えている様子はなかった。
「あいつは一体……!?」
まだ心が乱れるテントウのバイザーにある分析結果が映し出された。
(……こいつの骨格は金属……?)
テントウは映し出された数値をさらに読み進めて行った。すると驚くべき結果がそこに弾き出されていた。
(…………その金属は……ネオインセクトアーマーと同じ素材!? そんな……!!)
自分達コスモアカデミアがメルサードに対して優位に立っているのはこのネオインセクトアーマーが強力だから。
それなのにこの怪人の体内には自分が装着している物と同じ素材の骨がある。
言わば自分達と同じアーマーを着込んでいる。自分のパンチやキック、そして武器が弾き返されるのも当然である。
テントウは無味乾燥な分析結果の文字を見ながら愕然とした。
(ど……どうすれば……)
テントウはマスクの下で下唇を噛んだ。銃は食われ、パンチやキックはもちろんテントウスピア―も効かない。
(こうなったら……!)
テントウは両手で握っているテントウスピア―を左手一本に持ち替えると、右腕をさっき切った怪人の方に向けた。
「クロスウェイスライサーッ!」
テントウの叫び声のような声と共に右腕から赤いレーザービーム状の光線が発生し、テントウはそれを振り上げるとレーザーソードのように目の前の怪人に切り付けた。
「きゃああああっ!」
次の瞬間、聞こえてきたのは怪人の悲鳴ではなくテントウの悲鳴だった。
クロスウェイスライサーが怪人の剥き出しとなった骨格に当たった瞬間、クロスウェイスライサーは骨を切る事は出来ず、それどころか鏡に当たった日光のように反射、真っ直ぐ彼女の下半身、丁度右の股関節の辺りに直撃したのだ。
その瞬間、テントウのインセクトアーマーの繋ぎ目である右股関節の辺りが爆発を起こした。
そこは丁度アーマーの関節部分で装甲がなく、黒のインナーの強化スーツが剥き出しとなっている箇所、全身装甲のインセクトアーマーの僅かな泣き所だった。
テントウはその激痛と衝撃にぐらつき、がくっとその場に膝を突いた。
右股関節強化スーツ破損、右足大エネルギーチューブ破損、神経ケーブル破損。
バイザーには爆発を起こした箇所の破壊状況が映し出された。テントウは右手を破損した部分にやるとそこは熱く、切断したケーブルがショートを起こしていた。
そして、まるで鮮血のような液体もそこから染み出し、ポタポタとアスファルトに落ちていた。
インセクトアーマーはメカと言うよりも有機体に近いアーマーであり、人工筋肉や数々のセンサー、武器などのエネルギーは血液と同じような液体で全身のチューブを通して送られている。そのチューブが破損しエネルギーが漏れ出していた。
テントウは自分の右足が今の状態では100%の能力を発揮出来ないとすぐにわかった。
そしてマスクの下の顔を歪めながら怪人を睨んだ。
(武器が全く効かないなんて……どうすればいいの!?)
テントウが膝を突いた状態から立ち上がって再び怪人達と対峙しようとした、その時、
「シャーッ!」
ここぞとばかりに1匹の怪人が手負いのテントウに向かって飛びかかった。
「くっ……!」
中腰からテントウは左足の力でどうにかその攻撃を回避した次の瞬間、
「キシャアアア!」
別の1匹の怪人が脇から彼女に飛びかかった。1匹の怪人をどうにか回避するだけのテントウにもう1匹を回避するほどの余裕はなかった。
ギャビシュウウッ!
「きゃあああああああああ!」
怪人の強靭な顎と鋭い歯はテントウの喉元に食らい付き、インナーと共にエネルギーのチューブを引裂いた。その瞬間、赤い液化エネルギーが勢いよく吹き出した。
それは装着者である自分の鮮血かと彼女は一瞬思った。しかしその鋭い歯が装着者の蘭の首に到達する事はなく、ネオインセクトアーマーだけに噛みついていたのだ。
「いやああああ! 離れて! やめてええ!」
テントウは突然喉に噛みついて来た怪人に左手のテントウスピア―を突き立てたが何度やってもテントウスピア―が怪人の体を貫く事はなく、むなしく弾き返されていた。
それどころか、数度目に怪人に突き立てた瞬間、
バキン!
金属の棒が折れる音と共にテントウスピアが折れ、折れた片側がカランと地面に落ちた。
緊急事態! 頚部第1・第2大チューブ切断、液化エネルギー大量流出、頭部エネルギー値異常低下、戦線を離脱せよ!
蘭の耳にはアラーム音が届き、バイザーには緊急事態を示す警告文が流れた。しかし、彼女にはどうする事も出来ない。
「離れて! やああああ!」
見る見るうちに紫色の胸部装甲、肩、マスクが赤い液化エネルギーに濡れていく。
怪人も噛み突いた場所から吹き出る液化エネルギーに濡れながらもまるで彼女が動きを止まるのを待つようにひたすら噛み付いていた。
次第にテントウの喉に噛み付いた怪人を引き離そうとする彼女の手の力が弱まっていく。
液化エネルギーが流出し、頭部の液化エネルギーが不足をし始め、分析機構や統制機構が弱くなり、テントウの運動能力を失わせていたのだ。
「ああ……も……もう……」
不意に蘭はテントウのネオインセクトアーマーが重くなったように感じた。その瞬間、
「シャーッ!」
「クルアアア!」
「ジャー!」
他の3匹も一斉に彼女に襲いかかった。
「ああっ!」
4匹の怪人が彼女の体に寄りかかった。
右足を負傷し、また体内のエネルギー量が大幅に落ち、全身の超重甲を支え切れなくなりつつあったテントウはあっけなく、4匹の怪人とネオインセクトアーマーの重みにゆっくりと仰向けに倒れた。
ガシャン!
超重甲がアスファルトに衝突する音が夜の闇にやけに大きく響いた。
仰向けに倒れたテントウのバイザーは最早何も映し出してはいなかった。
頭部のエネルギーのほとんどが流失した為にセンサーや分析機構が全て機能停止に陥ったのだ。
「うう……」
テントウが倒れて初めて喉に噛み付いていた怪人が離れた。彼女の首にはくっきりと怪人の歯型が着き、開いた穴からはまだ液化エネルギーが流れ出している。
頭部だけではなく全身のエネルギー量が大幅に減ったせいで分析機構はもちろん体を動かす中枢機能も機能停止、あるいは機能低下を起こしていた。
そのせいなのか妙に胸や腕が重く感じられ、自分の力、すなわち蘭の力で体を動かすのは難しいように思えた。
(わ……私……負けたの……? そんな……ビ……ビーファイター……テントウが負けるなんて…………)
蘭は敵の攻撃を受け、戦闘不能状態に陥った自分がにわかに信じられなかった。
そして今までどんな攻撃にも耐えて来たネオインセクトアーマーがこうもあっけなくやられた事も信じられなかった。
(……悔しいけど……私一人じゃ……助けて…………カブト、クワガー………………ゲンジ……)
蘭が心でそう呟いたその時、
ガキッ!
ドス!
「グッ!?」
突然テントウの黒とシルバーと紫が配された胸部装甲から鈍い衝撃が発生した。テントウは思わず息が詰まり、何が起きたのかわからなかった。
彼女はやっとの思いで重い頭を上げて自分の胸を見ると、4匹の怪人達が餅でもつくように代わる代わるテントウの脇でぴょんと飛び上がり、空中でくるっと180度回転するとそのヘルメットのような頭部を突き立てるようにして彼女の胸に落下していた。
落下する度に撞木で突かれるような衝撃がインセクトアーマー越しに伝わる。
「な……何をするの! もうやめて!」
一体怪人達が自分に何をし始めたのか。テントウには全くわからなかった。
もう私を倒したのだからこれ以上何をしても――。
武器が全て失われ、ビーファイターテントウとしての能力もほぼ失われたも同然の自分にさらに何をする気なのか。
センサーも全て使用不能となって怪人達の行動パターンなどが全く分析も予測も出来なくなった蘭は言い様のない不安を感じていた。
「やめて! お願いだからあ!」
言い様のない不安に駆られたテントウは悲鳴のような声を上げて怪人達に哀願したが、人間ではない怪人達にそれが届く訳もない。
彼女は体内に残った最後のエネルギーを使って立ち上がろうと左足を動かしたが、膝を曲げた程度でそれ以上彼女の体力では足は動かない。
両手を動かして胸を覆おうともしたが、重甲が重くて動かす事が出来ずにそれも叶わない。
ビシッ!
怪人達がもう何十回目と言う頭突きをテントウの胸に食らわせたその時、テントウの耳に今までの衝突音とは違う、破壊的な音が届いた。
「ま……まさか…………」
テントウは顔を上げて恐る恐る胸を見てみると胸の中心から上下に僅かだが、亀裂が入っていた。
「い……いやあああああ! もうやめて! ネオインセクトアーマーが……ネオインセクトアーマーが壊れるっ!」
たかが頭突きでネオインセクトアーマーが破壊される。
これまで考えた事ないような事が現実で起きている事にテントウは錯乱し、闇雲に首を左右に振った。
ネオインセクトアーマーの破壊。
それはビーファイターテントウでもかなわなかった怪人の前に超重甲はおろか武器もない鮎川蘭と言うただの少女が裸でさらされるという事を現していた。
そうなると無事に助かる事はまずない。このままこの怪人4匹に嬲られ殺される。18歳の少女にもその図式は容易に想像できた。
テントウは泣き叫び、首を左右に振ったが超重甲に守られた体を動かす事はその重みで出来ない。
蘭は初めて自分に装着した超重甲を呪った。
テントウの叫びや胸部に入った亀裂にも怪人達の頭突きは終わらない。それどころか出来た亀裂の辺りに重点的かつ集中的に頭突きを加え続けていた。
ミキッ! ビシッ! ギシッ!
亀裂に頭突きが加えられる度にテントウの胸部からは超重甲の悲鳴のような破壊音が聞こえて来た。そして亀裂が大きくなっていくに連れてその音も小さくなって行き、ネオインセクトアーマーが一種の諦めてきているように思えた。
ネオインセクトアーマーの破壊も時間の問題。いよいよ追い詰められた。
「いやあああっ! 誰か助けて! 殺されるううううっ!」
正義を守るテントウが狂ったように叫び、助けを求めた。しかし彼女を助けるヒーローは現われない。
そしてマスクの下の蘭の顔が涙でぐしゃぐしゃになり、破壊されつつある胸部をまともに見られなくなったその時、
バキャッ!
亀裂が広がる音からついに砕ける音、インセクトアーマーの断末魔の叫びがテントウの耳に入った。
「いやあああ!」
その瞬間、テントウは今まで上げた事もないような悲鳴を上げた。それはネオインセクトアーマーだけではなく、ビーファイターテントウの断末魔の叫びと言ってもよかった。
テントウの周りに紫や黒、シルバーのネオインセクトアーマーの破片が飛び散り、超重甲の中身であるセンサーマトリクスやストレージユニットと言った内部機構が剥き出しとなった。
エネルギーの多くが流出したがそれら心臓部の機構はどうにか維持され、機能低下してはいるが動いていた。
怪人の1匹は露になったテントウの胸部装甲の割れ目に口を入れると超重甲を噛んだ。
バキッ!
そして胸部の中心だけだった装甲の割れ目を左右に広げさせて行った。
「やだっ! やめて! それ以上壊さないでええ!」
テントウの哀願も空しく、程なくしてその内部機構の大部分を怪人達の眼前に曝け出させた。それはレイプ犯が女のブラウスを引裂く様子とよく似ていた。
「やめて……いやあ……」
もはやテントウに悲鳴を上げる気も残っていない。そんなテントウを気にする事もなく、4匹の怪人達は大きく広がったテントウの胸部装甲の割れ目に一斉に顔を突っ込んだ。
そして僅かに動くセンサーマトリクスやストレージユニット、セントロブレックスユニットタイプ―XZと言った内部機構に噛みつき、それを引き千切るように首を動かした。
その瞬間、それぞれの内部機構が次々と火花を上げ、液化エネルギーを飛び散らせながらもぎ取られ、テントウの体内から引きずり出された。
怪人達はそれに構う事なく口に入れた機構類を咀嚼し、美味そうに食べ始めた。
それを飲み込むとまた胸部に顔を突っ込み、液化エネルギーを撒き散らせながらエネルギーチューブや基盤を引き千切って食べる。それを繰り返した。
「ああ……」
テントウの左足や両腕がびくんびくんと痙攣を起こす。彼女の人工筋肉を司る機構も引き千切られて、全身を覆う人工筋肉に誤った信号が流されて装着者の蘭の思いなど無視して勝手に動いているのだ。
それはビーファイターテントウの最期の動き、断末魔の痙攣でもあった。
バキ! メキメキ! ブォリブォリ……。
怪人達の口からは体内から引きずり出されたテントウの内臓とも言える内部機構が強靭な顎と歯によって砕かれる音が聞こえる。胸からはコードやケーブル、エネルギーチューブが引き千切られたり、液化エネルギーが噴出したり、火花が散る音が起きている。テントウにとってそれらはまさに地獄の音とも言えった。
「………………」
もうテントウの口からは何の言葉も発せられない。自分が怪人に食べられる様子をはっきりした意識化で経験すると言う想像だにしなかった事態を前に彼女はただ呆然とするしかなかったのだ。悲鳴も言葉も発する気力は完全に失われ、諦めにも似た感覚でただ仰向けに倒れて内部機構を食べられる。最早皿の上のオードブルと同じ状態だった。
(タベラレテ……ワタシハ……シヌノ…………)
心に響く彼女の言葉にも感情や精気はなく、胸から飛び散る液化エネルギーやオイルにマスクを濡らしながらただそう何度も心で呟いていた。
翌日。ボンネットをへし曲げられた自動車の持ち主からの通報でその駐車場に警察やコスモアカデミアがやってきた。
そこには被害に遭った車以外に紫、黒、シルバーの金属片がアスファルトの上に散らばり、さらにアスファルトが何か大量の液体で濡れていた。そして駐車場の中心部のアスファルトが人間の体くらいの大きさで重いハンマーによって何度も叩かれたように窪み、そこから引き摺ったような跡が山に向かって続いていた。
その金属片はテントウのネオインセクトアーマーの物で液体も液化エネルギーである事はすぐにわかった。
そして蘭も行方不明になった事で彼女が破滅的危機に陥っている事が判明した。
それからコスモアカデミアは彼女の行方を探し始めた。その数日後、蘭が山裾の廃車置場で発見された。
発見された蘭はウェットスーツのように全身を覆う人工強化筋肉を着てはいたが、それも鋭利な刃物か何かで切られたようにあちこちが千切れ、破れて彼女の若く弾力のある白い肌が剥き出しになっていた。
装着していたはずのインセクトアーマーは影も形もなく、左足の一部や右手の甲に僅かに紫や黒の超重甲が着いている程度であった。マスクも何もない。
彼女はこの数日間、全身の装甲を破壊された上に内部機構と言う内部機構全て怪人達に食べられたのだ。
言わば廃車置場で発見された彼女はこれ以上食べる事のできない怪人達の「食べカス」。だから、彼女は廃車置場に「捨てられた」のだ。
蘭は発見されるとそのまま病院に収容された。発見当初は死体かと思われたが、弱ってはいたが生きていた。
体力の回復を待って彼女はコスモアカデミアの事情聴取を受けたが、ただベッドの上で黙って焦点の合わぬ目で虚空を見続けるだけで何も答えられなかった。
一体あの夜に何が起きたのか、そしてこの数日間、何があったのか。どう訊かれても全くの無反応だった。
ただ、4人以上の医者や人間が集まると抑揚のない平坦な口調でこう呟く反応だけは見せた。
「……モウ……ワタシヲ………………タベナイデ…………」
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