PREY -餌食-


前編


「変わった泥棒だな」
「はい」

 春の陽射しも柔らかい昼下がり、山に面した駐車場で中年と若い警察官がその中のある車のエンジンルームを見ながら首を傾げていた。

「感心していないでくださいよ……ローンがようやっと終わったと言うのに……」

 その後でその車の持ち主の男がおろおろした様子で警官にすがる様な口調で言った。
 すると中年の警官がふうと一つ溜息をつき、手にしたメモを取りながらちらっと持ち主の男を見た。

「そうは言っても……自動車泥棒や車上荒しって言うのは聞いた事あるんですがねえ」
「エンジン泥棒って言うのは……我々も初めて対処する物で」

 警官のそばにあるその自動車は窓などは全くの無傷、鍵も壊されていない。しかしボンネットが半分に折り曲げられるようにしてめくられ、中にあるはずのエンジンやラジエターなどの機械類がすっぽりとなくなっていたのだ。
 地面には金属片が数片落ち、オイルも漏れている。結構乱暴に持って行ったようである

「大した根性の持ち主だな、こりゃ」
「だから感心しないで!」

 車の持ち主は焦っていた。朝起きて駐車場に来てみたらエンジンが消えていた。焦らないほうがどうかしている。
 しかし警官の方は対照的にもう既に諦たような様子でエンジンルームを覗き込んでいた。

「同様の手口の窃盗事件はここ最近この辺りで頻発していますから、我々も警戒していたんですが……」
「犯人は余程夜陰に乗じるのが上手いようですね」

 若い警官がそう言ったその時、遠くの方でパトカーのサイレンの音が響いて来た。

「どうやら鑑識や捜査課が来たみたいですね。詳しい事情はそちらにおっしゃって下さい」

 そう言うと2人の警官は駐車場を出ると集まりつつある近所の野次馬を現場から遠ざけようと整理を始めた。
 整理が終わる頃には鑑識や捜査の警官が駐車場に入り、本格的な捜査を始めた。
 そんな騒ぎの中、若い警官がそっと中年警官に寄った。

「……これで7件目ですね。エンジン泥」
「ああ……エンジン盗むよりも車盗んだほうが楽だし、利用価値もあると思うんだな」

 中年警官はそう言うと思わず一つ溜息をついて心持ち空を見上げた。

「奇妙な事件だぜ……メルザードの妙な事件が終わったと思ったら……」
「今回もそのメルザードが起こした事件かもしれませんね」

 若い警官が何か期待するかのような輝く目でそう言うと、中年警官はそれをふっと一笑に伏した。

「バカ言え。メルザードはコスモアカデミアが総力を結集して半年も前に倒したんだ。んな分けないだろ」
「はあ……」

 若い警官は中年警官の言葉に気の抜けた返事を一つした。中年警官はちらっと若い警官の顔を見てふっと軽く笑った。

「くだらねえ事考えていないで、しっかり立ってろ。俺達の仕事は現場の整理だ」



「変な泥棒だな」

 聖聖学園図書室。そこで若い男が1人、新聞を読んでいた。

「健吾、何かおもしろい記事でもあるのか?」

 新聞に目を通す彼、橘健吾の背後から同い年くらいの男がひょいと首を突っ込んで来た。健吾は一瞬迷惑そうな表情を隠す事なく浮かべると、今まで自分が読んでいた記事を男に読むのを促すようにずいと押し付けた。

「う……なんだよっ」
「読めばわかる、甲平」

 挑発的に押しつけられた鳥羽甲平は新聞を受け取り、押しつけられた記事を見た。

「『エンジン泥、被害続出』……これが?」
「変な事件だろ?」

 普段余り新聞を読まない甲平だが、顔に押しつけられるようにして読めと言われた記事を読まない訳にはいかない。彼は新聞を手にするとそのエンジン泥棒の記事を読んでいった。

「……エンジンだけを盗むって欲のないヤツらだな」
「それもあるが……現場にはエンジンの部品の破片などが散らばっているって書いてあるだろ?」
「え……ああ。でも、それって事は分解して持っていったのか?」

 甲平は少し驚いたような表情を見せると、慌てて記事をもう一度追い、現場に破片が転がっている行を見つけると一つ頷いた。そして付け加えるように言葉を続けると健吾は腕組をして軽く考えた。

「多分……でも、分解をしたら散らばるのは『部品』で『破片』じゃないはず……」
「細かい事にこだわるな。新聞の書き間違いじゃないか? 破片ってせんべいの食い散らかしじゃあるまいし……」
「え? なになに? せんべいがどうしたの?」

 そこにもう一人髪が長くいかにも元気そうな少女、鮎川蘭が図書室に入り『せんべいの食べ散らかし』と言う言葉に素早く反応して甲平のすぐそばによって来た。甲平は明らかに蘭を小バカにするような表情を見せてふん、と鼻で笑った。

「相変わらず食う事ばっかりだな……」
「うるさい! それよりなんなの? 甲平が新聞を読むって……明日は雪でも降るの?」
「俺が新聞読んで雪降るんだったら、お前が読めば槍が降ってくるな」
「何その言い草っ!」

 二人は新聞を挟んでいがみ合った。最早自動車のエンジン泥どうこうの話は二人にとってとうでもよくなっているようである。
 そんな二人を健吾は勝手にしてろと言わんばかりに一つ溜息をつき、すくと席を立った。

「運動バカの甲平には言われたくない!」
「食欲バカには言われたくねえな! だったら、お前はこの事件が誰の仕業でなんでやったかわかるか!」

 甲平は健吾が自分にしたように新聞をずいと蘭の顔に押し付けるように見せた。

「……ああ、自動車のエンジン泥棒」
「俺を運動バカって言うんだから、きっとお前にはわかるんだろ? えっ!」
「…………」

 蘭、沈黙。実は蘭もこの事件を知っていろいろと考えては見たのだが、その動機や犯行の手口が想像できずにいたのだった。
 無論、蘭がわからないと言うのは甲平は想像済み。

(大体、健吾もわからないんだからな)
「……うるさい! うるさーい! こんなのわかんなくても……」

 蘭がさらに言葉を続けようとしたその時、

「そこの二人! さっきからうるさいぞ! 口喧嘩なら外でやれっ!」

 図書室の司書が二人以上の大声を飛ばして二人を注意した。

「ヤバイ! 逃げろ!」

 甲平は持ち前の運動神経を生かしてロケットスタートを決めて図書室から出て行った。

「あ! 逃げるの!」

 そしてそれを追いかけるふりをして蘭も図書室から逃げ出していった。
 そんな二人が図書室前の廊下を全力で逃げる様子を廊下の壁に寄りかかりながら健吾が見ていた。二人が廊下の向こうに消えて行く様子を見ながら彼は一つ、溜息をついた。

「こうなる事も想像出来ないのか……あの二人は……」

「なによ……この事件が解けないから私をバカって……」

 蘭の自宅。甲平と言い合って数時間も経つと言うのにまだ彼女の腹は収まっていなかった。
 そして家に帰るとその怒りを抱えたままで家のコンピュータを動かし始めた。コンピュータの電源を入れるとファンやハードディスクの回転音がその息吹のように聞こえてくる。蘭はそれを聞いて思わずフフッと笑った。

「だったらその謎を私が解いてあいつをギャフンと言わせてやる……見てなさい……」

 蘭はぶつぶつと言いながらウォームアップの完了したコンピュータのキーボードを叩き始めた。そして彼女がしばらくコンピュータとの対話を進めているとディスプレイにコスモアカデミアが持つ最新の犯罪情報が映し出された。無論、部外秘の情報である。

「楽勝〜。こんな事甲平にはできないでしょうね……でも、もっとコスモアカデミアのセキュリティを上げた方がいいみたい」

 そんな事を呟きながら蘭はその中にある謎のエンジン泥棒の情報を読み進めて行った。

「……へ〜……警察だけじゃなくてコスモアカデミアも密かに調査していたんだ……」

 そのエンジン泥棒の情報にはこれがただの泥棒の犯罪ではない可能性がある事や可能性は低いが通常の警察では手におえないような事件かもしれないと言った事が書かれていた。
 新聞には不景気のせいで現われた鉄くず泥棒と同程度にしか扱われていなかったが、コスモアカデミアの情報は全く違う、もっと重大な事件である事を示唆していた。

「なによこれ……新聞と全然違う……情報を操作する必要のあるくらいの事件なの……これって……」

 情報を読み進めるに連れて蘭は自分がとんでもない物を見ているのではと、そんな意識すら生じてきた。そして、文章の終わり頃に信じがたい単語が表れた。

――メルサード

「えっ!?」

 蘭は一瞬自分の目を疑った。しかしそこには確かにメルサードと書かれていた。

「そんな……メルサードは私達が……」

 信じられないと言いたげな表情でその単語の前後を読み始めた。

「『……半年前に全滅をしたメルサード一族だが、全滅前に怪人を残していた可能性があり、それが事件の起きている山に潜んでいる可能性が捨て切れず、調査の必要がある』……そんな……まだ残していたかもしれないって……」

 文章を読んだ蘭は愕然とした。一瞬、大変な思いをして多くの仲間と共にメルサードと戦った様子が浮かんだ。
 蘭は下唇を噛みきゅっと右手に拳を作ると睨み付けるような強い眼差しでディスプレイを見た。

「メルサードかもしれなかったら私達が何とかしないとダメじゃない……よし……」

 そう決心をすると蘭は情報に添付されている地図を開いた。

「……犯行現場は町の西側の山、しかもその中腹に集中しているのね……。犯行時間帯は夜中の2時から3時。夜の闇に紛れるのが上手い……か……それだったら……」

 蘭はコンピュータをさらに操作して地図にある駐車場にマークさせた。

「警察が夜にパトロールをしてもダメって事は、警察の警戒する所以外が次の現場ね……という事は……」

 次々とコンピュータに蘭は指示を与え、コンピュータはそれに迅速かつ確実に答えていった。
 そしてしばらくすると彼女が今一番求めている情報、次に犯行が行われる可能性の高い駐車場が地図に一つ、浮かんだ。

「ここね……よし……」

 そう呟くと蘭はすくと立ち上がり、コンピュータの電源を切った。

「甲平、私がバカじゃないって事、見せてあげるわ」

 蘭の脳裏にメルサードの残党を自分が倒し、それを知った甲平がふて腐った表情を浮かべる様子が浮かぶ。彼女は思わずフフッと軽く笑った。

「早くしないといけないから……」

 そう自分に言い聞かせるように言うとさっそく残党狩りの準備や作戦を考え始めるのであった。
 ところで実は、蘭はコスモアカデミアのエンジン泥棒に関する調査情報を全部は読んでいなかった。
 蘭が読み終わった箇所から先はこう続く。

『ただし、窮鼠猫を噛むの例えの通り、メルサードが最期に残した怪人は強力であると考えられる。ビーファイターカブト、クワガー、テントウの投入は3者の新兵器が開発された段階まで待ち、それまで調査を進めるべきである。そして完成次第、3者で対処させるべきであり、決して個人行動を許すべきではない』

 
 その日の夜。蘭は自転車でコンピュータが弾き出した駐車場に向かった。

(一体どんなヤツが……そしてなんでエンジンを……)

 その道程、蘭の頭の中はまだ見ぬメルサードの残党の事で一杯だった。
 彼女を照らす見事な月や街灯がちらちらと点滅をしていてもそれに彼女が関心を引かれる事はなく、ひたすらに自転車のペダルをこいだ。
 そして結構な時間、自転車をこぎ続けてやっとその駐車場にたどり付いた。駐車場には数台の乗用車と一台の幌付きのトラックが止められている。
 身を隠す場所に事欠く事はなさそう。
 蘭はちらっと腕時計に目をやると時間は午前1時。辺りは満足な街灯もなく暗い。
 駐車場に面した山の傾斜から何かが出てきそうな雰囲気ではある。

「……よし」

 静かに一度深呼吸をすると蘭はコマンドボイサーを取り出し、それにインプットカードを差し込んだ。

「超重甲! ロードテントウ!!」

 蘭がそう言った瞬間、全身をまばゆいばかりの光が包みこみ、一瞬で可憐な少女を紫と黒のネオインセクトアーマーに身を固めた女戦士、ビーファイターテントウへと超重甲した。

(相手がメルサードかもしれないんだから、先に超重甲をしておいて待ち伏せをしていよう)

 蘭はそう考えていたのだ。
 テントウはそばにある幌付きのトラックに近付くと、その幌をめくって荷台に入り、身を潜めた。
 そして額から触覚のように伸びるマルチセンサーホーンや胸部のセンサーマトリクスの感度を上げて周囲からこの駐車場に近付く者がいないかを警戒しながら待ち伏せした。

「………………」

 月明かりに照らされた駐車場は人の足音はおろか犬の歩く音すらなく静寂その物だった。
 センサーマトリクスがキャッチする音と言えば時折吹く風の音とそれに揺らされる小枝の音、そして虫の声程度。
 電波のセンサーや熱感知センサーも何もキャッチせず、幌の僅かな隙間から見るテントウの目には動きがなく、何も変わる事のない薄暗い駐車場の光景だけが写っていた。
 何分、何十分、1時間――。
 時間だけが彼女の目前を流れ、今日は現われないのかと思い始めたその時、

(……ん?)

 テントウのセンサーマトリクスの中で熱感知センサーと音声センサーが背後の山から生じる僅かな熱と音をキャッチした。センサーマトリクスはすぐにその熱と音の分析を始め、それが一体どんな形をした何者なのかをテントウのバイザーに写し始めた。

(……こ、これって……)

 テントウの目前にそれが映し出された時、彼女は愕然とした。
 映し出された形が野良犬や人間の形ならばほっとは出来たが、映し出されたそれは伸長が1m程度で頭はヘルメットを被ったような形をし、さらには足に鍵爪のような大きな爪が左右に一つずつ付き、尻尾まではえた二足歩行をする生物だった。到底人間、いや地球上の生物とは思えぬ代物である。
 しかもそれが一匹だけではなく4匹くらいがぞろぞろと夜陰に乗じて駐車場に現われて来たのだ。

(やっぱり……メルサードの怪人の仕業……)

 テントウはすぐにでも飛び出そうとしたが、グッと堪えた。
 一体こいつらが何の為に駐車場に現われたのか見る必要があったのだ。彼女はさらに幌の隙間からこの4匹の怪人を観察した。
 怪人達は1台の車に集まるとその中の1匹がぴょんとボンネットに乗った。そしてボンネットの前部に両手の爪を差し込み、それをぐっと引っぱり始めた。ボンネットはロックがかかってそう簡単には開かない。しかし、そのうちに「メキメキ」と金属の破断音がテントウの高感度音声センサーに入って来たかと思うと、「ばきっ」と言う音が聞こえ、ボンネットは開いた。
 しかし怪人はボンネットを普通に開けるのではなくボンネットに乗った怪人が自分の足元を支点にしてそれを半分に折り曲げてエンジンや内部機構を剥き出しにさせた。
 エンジンが剥き出しになると怪人達は一斉にエンジンルームに飛び付き、そこに顔を突っ込んでガチャガチャ音を立てながら何かをし始めた。テントウのいるトラックからは一体何をしているのかはわからない。

「でも、放っとく訳にはいかない!」

 テントウは右の太腿から銃を引き抜き、トラックの幌をバッと捲くると駐車場に降り立った。

 ▽戻る